特別展「ガウディ×井上雄彦」

森アーツセンターギャラリーで始まった特別展「ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉-」。『バカボンド』『リアル』などの作品で知られる漫画家井上雄彦のまなざしを通じて、建築家ガウディの人間像に迫ろうとする異色の企画展。既に地下鉄各駅の広告看板や雑誌でも多数紹介されている。
だが、何故にガウディ(1852-1926)と井上雄彦(1967-)という組み合わせなのか?


本展は、昨年6月から始まっている「2013-2014 日本スペイン交流400周年」記念事業の最後を飾るイベントであり、井上氏は昨年末より同事業の親善大使を務めている。さらに遡ること3年前の2011年5月、井上氏は日経BP社の高津健吾氏(現ケンプラッツ編集長)から持ち込まれた書籍の企画で、バルセロナをはじめカタルーニャ地方を訪れ、ガウディをモチーフにした画集『pepita(ペピータ)井上雄彦 meets ガウディ』を同年12月に刊行した、という実績をもつ(IMGは版元サイトより拝借。画集第二弾は『承 伊勢神宮 pepita2』、今年6月には『再訪 井上雄彦 pepita2』を発行。それまではおよそ建築に対しては全くの門外漢であったと思われる)

『pepita』に収録されたDVDを見ると、井上氏は2011年の渡西時に、ガウディの建築作品だけでなく、グエル伯爵の子孫や 研究者、「サグラダ・ファミリア聖堂」の工房で彫刻や模型制作に携わる職人たちに会っている。弾丸ツアー中にはスペイン在住の日本人建築家が同行してレクチャーも受けたが、漫画家である氏の琴線に触れたのは、モンセラートの絶景だったり、トネットと呼ばれたガウディが少年の頃より育んだ自然観察眼だったと思われる。

本展の準備として、井上氏は再びスペインに渡る。今年4月から1か月間、「サグラダ・ファミリア聖堂」が見える部屋と「カサ・ミラ」にアトリエを借り、本展公式ナビゲーター光嶋裕介氏いわく「ひたすらスペイン人になるための」生活を送った。自転車を借りて街を走ってみたり、市場に行ったり、文房具屋で同じノートを買って店主に覚えられたり、カフェやバルから街往く人々を眺めたり、そしてスペイン人の骨格や体格を観察してスケッチすることも忘れない。時には内戦の銃弾跡が残る壁にも触れたり。現地の空気を吸い、光を浴び、日本とは異なる時の流れに身を委ねた。

その約2か月後に始まった本展は、ガウディの少年時代、続いて建築家としてデビューして「グエル公園」などを手掛けて名を成すまで、そして人生の半分を捧げた「サグラダ・ファミリア」の時代を紹介する三部構成となっている。

日西両国をまたぐ特別展にふさわしく、会場にはガウディ直筆のスケッチや図面、デザインした家具、没後の復元を含む建築模型など、スペイン側から貴重な資料が数多く出展されている。ガウディ本人だけでなく、彼の家族、グエル伯爵ほかパトロンなど周辺の人々にもスポットがあたっているのも大きな特徴。これほどの規模のガウディ展は、国内では二度とないのではないか。所要35分のガイド(有料)を聴きながら1点1点じっくり見たら、見終わるまで2時間はかかるだろう。

これらの貴重な建築資料群とシンクロするかのように、井上氏が本展のために描きおろした作品(約40点)が、会場のあちらこちらに配されている。これが、従来の建築企画展とは明らかに異なる雰囲気を生み出している。

会場内は撮影禁止につき、図録よりIMGを抜粋して、会場のイメージを伝えたい。
ガウディとは何者か、井上氏が感じ、咀嚼し、熟成され、帰国後に一気に描かれた約40点の作品は、ガウディかもしれない人物の肖像だったり、1枚に漫画的レイアウトで描かれていたり。そこに提示されるのは、希代のストーリーテーラー井上氏の想像に基づく創作の世界である。だが、ありえたかもしれない世界の輪郭が、井上氏の画力でもってリアルに立ち現われるのだ(例えば「司馬史観」という比喩があるが、「井上画観」もありうるかも。「正史」とは、時代の勝利者が後につくり上げるものだが)。井上氏の手にかかれば、ガウディも、武蔵や宝蔵院胤舜やスコーピオン、桜木花道といった”架空”のキャラクターの一人として昇華される。

展示の最後を飾るのは、越前の上山製紙所で本展のために制作された大判和紙に描かれた井上氏の作品。何を描いたのかは、見る側の解釈に任される。

制作の様子が垣間見える井上雄彦公式ブログ「つれづれの記」
http://itplanning.co.jp/inoue
井上雄彦 Twitter
https://twitter.com/inouetake


A.ガウディが「サグラダ・ファミリア聖堂」の主任建築家に就任しのは、着工の翌年の1882年、彼が31才の時である。模型を多用したガウディは図面を残しておらず、またスペイン内戦で模型を含む資料の多くが失われ、彼がつくろうとしていた聖堂の正しい姿は、今となっては神のみぞ知る。ガウディは「この聖堂の主(神)は完成を急がない」とのたまったそうで、そもそも完成予想図が最初にあったかも疑わしい。
だが、スペイン当局は、ガウディ没後100年にあたる2026年完成の目指して「サグラダ・ファミリア聖堂」の建設を急ぐ。
今年4月にスペイン大使館で行なわれた記者発表に、井上氏は滞在中のバルセロナから中継で参加、その際にガウディとの共通点やシンクロする点を訊かれ、「完成を急がないところに共感をもつ」と答え、参加者の笑いを誘っていた(下記動画、再生7分15秒〜8分辺り。かつて『バガボンド』の連載を年内に終結させたいと不用意に言った言葉が半ば公約化し、己の首をしめてしまった [参照元:『pepita』および併設DVD] 経験からくる発言か)。

【特別展 ガウディ×井上雄彦】ガウディノウエの道(掲載:tvasahi)
https://www.youtube.com/watch?v=cWCYMYaFvuo

他の展覧会ではみられないことと思うが、会場の作品と図録(第1刷)を見比べると、進行上の都合か、画像収録用に撮影された後に、出展作品が一部描き足されていることが判る。これもいわば「急がない」ということなのかも。着工から130年以上が経過し、新規の工事と並行して傷んだ箇所の修繕も必要とする、今後も更新され続ける サグラダ・ファミリア聖堂の現場と、本展における井上氏の作品群はシンクロしているように思える。

今回の出展作品の中に、ガウディと彼の親友で晩年の協力者であったロレンソ・マタマラの二人の霊/魂の対話を描いたと思われる”漫画”がある(下の見開き)。画面と短い台詞のやりとりからは「急ぐことの罪」の意識、生きて「サグラダ・ファミリア」の竣工を見届けられないガウディへの同情、永遠に答えの出ない制作に打ち込む現場の職人達へのリスペクトなど、井上氏のさまざまな想いが滲み出ているのではないだろうか。
会場第3章では、その「サグラダ・ファミリア」の”完成形”を、CG映像と3Dプリンター出力された模型によって見ることが出来る。だがこれは、内戦で粉々になった初期の模型を復元したり、ガウディのスケッチや弟子ら関係者が残した資料をもとに導き出されたもの。これら新規工事と並行して、着工から130年が経過して傷んだ箇所の修繕も並行して進む現場。まこと、神の住まいとは特別である。


本展公式ナビゲーターを務める光嶋裕介氏は、米国ニュージャージー生まれの建築家。高校時代はバスケットに熱中し、『スラムダンク』の大ファンでもある。建築家として独立して初めて設計した作品(内田樹氏の個人邸兼道場《凱風館》)が竣工までの日々を書籍『みんなの家 建築家一年生の初仕事』にまとめる際、巻末に収録する鼎談相手のひとりとして、一面識もない井上氏に直談判、見事実現して以来、交流が続いている。
本展に参加する経緯については、ウェブマガジン「NOSVIS」に掲載されたインタビュー記事(2014.6.25)に詳しい。同媒体には、井上雄彦氏へのインタビューも追加で掲載されている(2014.7.11)。

光嶋裕介建築設計事務所
http://www.ykas.jp
光嶋裕介twitter
https://twitter.com/yusuke_koshima


さて、本展の前売り券が高価だったのにはそれなりの理由がある。越前和紙に井上氏がイラストを描いたブックカバー付きのセット券が登場。
ミュージアムショップには、かみの工作所「空気の器」、テラダモケイ「1/00建築模型用添景セット」とコラボしたスラムダンクシリーズによる特別展示など、こちらも楽しめる。

トラフ建築設計事務所リリース「gaudi1」
http://torafu.com/works/airvasegaudinoue1

月刊テラダニュース vol.17 2014年7月号
http://www.teradamokei.jp/mtn/-vol1720147.html
http://www.teradamokei.jp/event/

特別展「ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉-」東京開場の会期は2014年7月12日(土)から9月7日(日)まで。終了後は金沢、長崎、神戸、仙台に巡回予定。

特別展公式サイト
http://www.gaudinoue.com

公式FB
https://www.facebook.com/gaudinoue
公式Twitter
https://twitter.com/gaudinoue





飲食のメモ。
昨年11月にヒルズ メトロハット/ハリウッドプラザ1Fにオープンした、こだわり卵料理専門店「eggcellent(エッグセレント)」へ。
伊東豊雄さんがデザインしたペンダント照明「MAYUHANA」が連なる通り側を眺めるロケーション。
オーダーしてから、わりとすぐに供された「ココナッツパンケーキ」(税込み1300円)。厚さは薄めだが、適量。
オーガニックコーヒー(税込み500円)を飲み干すと、白いカップの中にピンクの花が咲いた。
おいしゅうございました。ごちそうさまでした。

eggcellent(エッグセレント)」
http://eggcellent.co.jp