野口哲哉の武者分類図鑑@練馬区立美術館

練馬区立美術館で開催中の「野口哲哉展 ー野口哲哉の武者分類図鑑ー」を見に行く。
会場には、武者が描かれた屏風絵、板絵や紙本、甲冑などが並んでいるのだが、何かがおかしい。例えば、甲冑がそれを纏った武者像ともども実寸ではなかったり、”赤備え”の武者が消火栓に寄りかかっていたり、真っ赤なソファで寛いでいたり。戦国時代あたりの年代ものに見えた武者絵とて、作品名が「作家弐拾四才寿像」(註/自画像の意)だったり、武士が活躍した時代には存在しないモノがひょいと描き込まれていたり、くっ付いていたり。
これらは全て、作家・野口哲哉氏の想像・創造したもので、作品の素材は樹脂やプラスチックなどが使われている。キャプションをふむふむと読み進んでいくと、文末に「以上は作家が創作した架空の解説であり、全ての事柄は実在しない」と結ばれていて、真面目に読んでいた側が拍子抜けしたり。だが、心地よい。忍び笑いが止まらない。

会場の様子は、website [InternetMuseum] がYouTubeに掲出した動画が詳しいので、リンクを設定する(再生時の音声注意)。


練馬区立美術館 野口哲哉展 野口哲哉の武者分類図鑑(再生時間:1分15秒)



《Sleeping Head》/《Talking Head》
練馬区立美術館 野口哲哉展 野口哲哉の武者分類図鑑(再生時間:24秒)



野口哲哉《Target Marks 1580・1610》
練馬区立美術館 野口哲哉展 野口哲哉の武者分類図鑑(再生時間:30秒)


さて、野口哲哉とはいったいどんな作家なのだろう?
3月8日(土)の午後、休憩コーナー(カフェ)を一時的にクローズして、会期中2回めとなるアーティストトークが開催された。作家本人と、野口作品の初期からよく知る山下裕二明治学院大学教授が対談者を務めた。
以下、対談時のお二人の話、展覧会フライヤー、図録に掲載された情報を要約。
野口哲哉氏は1980年生まれ、香川県出身。広島市立大学で油絵を専攻、2005年に同大学院修了。公の作品発表は、2007年に銀座のシャネルネクサスホールで開催された企画展「現代アーティストたちによる LE MONDE DE COCO -ココの世界-」(会期:2007年7月29日~8月12日)が最初。 兜に兎の耳のような飾りが付き、 黒い胴巻きに「シャネル」のロゴをあしらった面妖な鎧姿の武者が腰を下ろしている「シャネル侍」である。
会場を訪れた山下氏はこの時、初めて野口作品に遭遇、それ以来、交流が続いている。


野口哲哉 紗錬家(しゃねるけ)の作品群
練馬区立美術館 野口哲哉展 野口哲哉の武者分類図鑑(再生時間:50秒)

野口氏が語るには、作品の設定はだいたいが”でっちあげ”。アクリル樹脂を素材とした作品の成型は、家庭用電子レンジで130度に加熱(チン)している。聞く分にはシンプルだが、甲冑などのディテールは専門家が感心するほどの精緻さだ。
「3才の折、旅行先の旅館ロビーで生まれて初めて鎧兜を目に」して、「歴史の世界に熱中していた中学生の頃、偶然目にした一枚の写真[註/幕末に撮影された侍の古写真]に仰天」した、と図録に記している野口氏は、岩国にある博物館が収蔵する武具の修繕を20代で手掛けるほどの技術と知識を有し、もちろん決して”でっちあげ”だけでは作っていない。紙本作品の類いなどは、その古びた感じといい、アクリル絵の具で描かれたとは思えない。博物館に重々しく展示されている文化財級の絵図を脳裏に思い起こしても(シロウト目には)遜色ない出来映えだ。これに作家の創造(想像)力による”シャレ”が加味され、強烈な野口ワールドが展開される。
本展のタイトルもシャレのひとつで、幕末・明治にかけて活躍した浮世絵絵師・月岡芳年の「芳年武者无類(よしとしむしゃぶるい)」にかけている。

本展では、おそらく野口作品との比較として、江戸、明治、昭和の初めに描かれた(野口氏には失礼だが、まっこと正統な)絵図や屏風なども合わせて展示されている。その波状効果か、だんだんと「正」と「偽」の境が曖昧になってくる。 いや、そもそも「正」とは何か? ひょっとしたら 、これまで「真」だと認識していた事象すら「贋」なのかも? などと会場を回遊するうちに疑い始めてしまう自分に気付く。 もしも最終戦争が勃発して、野口作品が後世に遺され、何の”知識”を持たない者が手に取ったら・・・? 芸術作品ではなく正史の事物と化すのでは・・・? 会場は恐ろしく巧妙な洒脱に満ち満ちているので、 そんなたわいのない空想も含めて、とても心地良く酩酊した時間を過ごせた。

本展の図録であり、野口氏初の作品集でもある『侍達ノ居ル処』(青幻社、2014年、税込価格:3500円)も会場で販売されている。
外した赤い帯の謳い文句は「身の丈4寸のサムライが誘う古式蒼然のバーチャルリアリティ」。
カバー表4:天明屋尚氏とのコラボ作品「白虎」(2010年)
右側(カバー表1):
左上の掲載作品「Un samourai vient」(2012)、右下「誰モ喋ッテハイケナイ」(2008年)

左(表1カバー折り返し):「Pixie of Toy」と「Pixie of Chocolate」(共に2010年)
右(表4カバー折り返し):「~Japanese armour variation 加賀具足之事~ 加賀具足用人物立像」(2012年)

「The ring ring armour」(2013年)

「The ring ring armour」を会場で見た覚えがないのだが、今回出展された約90点の野口作品は殆どが個人蔵、つまり作品を購入した内外のコレクターの好意で貸し出されたもの。そして「作品は作るまでが楽しく、完成後は買ってくれた人のものであり、その後の執着はない」と語っていた作家の手元には残らない。初期から最新作までの7年間の作品が一堂に会した本展は、極めて貴重といえる。

参考リンク:
野口作品を扱っている画廊「ギャラリー玉英」
http://gallerygyokuei.com/

同ギャラリー Twitter(本展ほか作家最新情報を案内)
https://twitter.com/g_gyokuei

会場では図録のほか、立体の”野口作品”を購入できた。
左:「 極上鉛人型合金 ロケットマン」H=約3.2cm
右:「 極上鉛人型合金 ホバリングマン」 H=約4.5cm

人型は上記2種、それぞれ作家彩色製品(1500円)と彩色無し(800円)があり、前者は文字通り作家謹製=本人による塗装処理につき、一体ごとに風合いが異なる。この日は各種40個限定で入荷、塗装タイプが先に売り切れていた(次回入荷は未定)。

「ロケットマン」は背にボンベを背負い、クラウチングスタート。作家が子供の頃に見ていたロボットアニメの出撃シーンをイメージしているとか。本展会場には、樹脂と化学繊維などで仕上げられたH22cmの作品「catapult style」(2008年)も展示されている。

専用の包装袋のデザインも秀逸。レトロな文章といい、細部にわたって気が利いている。
画像右端に写っているのは同展の入場チケットで、ビジュアルに使われているのは、実在した武将で、90才の天寿を全うした澤村大学の80才時の肖像画から着想を得て制作された作品「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿~」(2013年)。作品の身の丈は50cmほど。

本展では同作品と共に元絵の肖像画(熊本県立美術館委託蔵)も展示されている。トーク時の作家談に拠れば、最初に作った人体に甲冑を纏わせた際、違和感を覚えてしっくりこなかったので、人体を年相応にーー両の足を踏ん張って重たい甲冑の重量に耐えている感じに作り直したのだそうだ。

練馬区立美術館》での「野口哲哉展 ー野口哲哉の武者分類図鑑ー」会期は2014年2月18日〜4月6日。終了後は京都府乙訓郡の《アサヒビール大山崎山荘美術館》に巡回する(会期:4月19日〜7月27日)。






+飲食のメモ。

館内にある休憩コーナー(カフェ)では、ドリンク類と地元のナチュラルスイーツ「どんぐりの木」が提供する「重ね煮ランチ」ランチや、焼き菓子、おやさいシュークリームなどがいただける。コーヒーはKEY COFFEEのレインフォレスト認証を受けたもの。
おいしゅうございました。ごちそうさまでした。

練馬区立美術館
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/index.html