光琳「紅白梅図屏風」と《起雲閣》@熱海

梅の時期に合わせて特別公開される、《MOA美術館》所蔵作品尾形光琳筆「紅白梅図屏風」を熱海まで観に行く。
同館所蔵の国宝・野々村仁清作「色絵藤花文茶壺」、手鑑「翰墨城」もあわせて公開されていた(国宝「紅白梅図屏風」と所蔵名品展 会期:2014年1月31日~3月12日)。

同館へのアクセスは、熱海駅前からはバスで約5-7分。熱海湾を見下ろす山の上にあり、美術館のエントランスに着いてからも、総延長200m、高低差60mという長い長いエスカレーターを7基乗り継いで、本館2Fにあるメインロビーを目指す。

エスカレーターを3基上がった途中にある「円形ホール」は、同館が紹介される際によく使われるビジュアル。同館公式サイトのテキストに拠れば、壁・床共に大理石。イタリア、ポルトガル、インド、イラン、キューバ、ギリシアの6カ国計10種類の石が使われ、化石も散見できるらしい。この円形ホールと本館は、1983年に建築業協会賞(BCS賞)を受賞している。

《MOA美術館》公式サイト

http://www.moaart.or.jp
エスカレータを4基昇ったところで途中下車、外の「ムア」広場に出て、ヘンリー・ムア作品「キング・アンド・クイーン」と共に、眼前に広がる熱海湾を見渡す(1枚めの写真)。素晴らしい眺望。
MOA美術館》は「紅白梅図屏風」を含む国宝3点を筆頭に、日本を含む東洋美術のコレクションを有する。
また館内には堀口捨己氏監修による太閤秀吉の組み立て式「黄金の茶室」の復元(技術協力:内田祥哉、設計:早川正夫)や、室内能楽堂がある。
MOA美術館 国宝「紅白梅図屏風」と所蔵名品展 Youtube動画
InternetMuseum掲載、再生時間:1分15秒)
館外にも、堀口捨己氏が監修して復元した「光琳屋敷」など、みどころ多数。



MOA美術館》は創設者の岡田茂吉の思想に基づいて運営されており、館内レストラン桃山のメニューもオーガニック。以下、飲食・ランチメモ。
13時過ぎに入店したので「天丼」など幾つかは品切れに。こだわり三元豚のロースカツ付きの「お野菜たっぷりカツカレー」(1680円)とオーガニック梅ジュース(420円)をいただく。ごちそうさまでした。

MOA美術館 施設案内
http://www.moaart.or.jp/facilities/




さて、熱海は古くから温泉保養・別荘地として知られている。市役所公式サイト上の情報に拠れば、市内には500以上の源泉があり、財界人や文学者の住まいや別荘が数多く建てられた。現在は市が管理して、公開している旧宅も幾つかある。そのうちのひとつ、 熱海市指定有形文化財の「起雲閣」を見学した(入館料500円)。

熱海市役所>起雲閣(きうんかく)へようこそ
http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=893
立地は市内中心部にほど近い。池泉回遊式庭園を囲むようにして複数の和洋館が建っている。当初からこの姿ではなく、2000年(平成12年)に熱海市が取得するまで、主と名称が変わりつつ、拡充された。
以下、館内の解説文、パンフレット、ボランティアの解説、公式サイト掲載情報を要約する。
1919年(大正8年)に”海運王”内田信也が、実母の静養地として別邸を建てたのがコトの始まり。現存する和風建築「麒麟」はその母屋にあたる。徐々に敷地を拡げ、1925年(大正15年)に”鉄道王”根津嘉一郎の所有となり(「根津熱海別邸」)、1929年(昭和4年)から1932年頃にかけて洋館「金剛」「玉姫」「玉渓」を増築。1947年(昭和22年)に三たび所有者が変わり、旅館「起雲閣」として開業、1999年(平成12年)に廃業するまで続いた。
関東大震災、第二次大戦、1950年(昭和25年)の熱海大火をくぐり抜けた「麒麟」。伝統的な和風建築のようだが、構造には鉄の筋違が採用されている。
目が覚めるような群青色の小壁。だが、これは後に旅館として開業した際に改装されたもので、創建時の姿ではない。旅館創業者の出身地である金沢の「加賀の青漆喰」という。
部屋を3方から囲んだ畳廊下から、窓ガラス越しに外の眺め。景色が微妙に歪んでみえる。フロート製法以前の「大正ガラス」で、これは創建時のものではないか、とのこと。
庭のまわりをこれから紹介する各棟がぐるりと囲むようにして建つ。

「麒麟」2階の「大鳳」の間へ。

奥の居間の「付書院」の障子は割り竹の組み子という凝ったつくり。壁の色は紫。
なお、旅館の台帳には、昭和23年3月に太宰治が山崎富栄を伴ってこの部屋に泊まった記録が残されている。
2階「大鳳」の東南を向いた窓から、池泉回遊式庭園の見下ろし。こちらの窓ガラスも外の景色が歪んで見えるので、1階同様に創建時のものと思われる。木材や瓦も現在では手に入らないのではないだろうか。
北東側に並んで建つ洋館「玉姫」の見下ろし。ガラス天井のサンルームが見える。
1932年(昭和7年)竣工の洋館「玉姫」に併設されたサンルーム。床は見事なモザイクタイル仕上げ。
サンルームの天井見上げ照明。

長押し上の高窓にはステンドグラスが嵌め込まれている。天井との間に廻されたクリーム色の唐草模様装飾は、なんと石膏による彫刻仕上げ。
暖炉付きの「玉姫」ダイニング。
各部にさまざまな様式や模様が取り込まれ、解説板を何度も往復しながら鑑賞。

豪華な桃山風の折り上げ格天井。

「玉姫」ダイニング、寄せ木張りの床。
サンルームから、隣の洋館<「玉渓」へ。ドアノブはおそらく当時からのもの。
解説板によれば、洋館「玉渓」はチューダー様式に名栗仕上げを取り入れた、全体的にヨーロッパの山荘風の仕上がりだが、細部にはサンスクリット語や竹の装飾もみられる。暖炉脇の太い円柱は、寺社または江戸期の千石船の帆柱を使ったとの伝。

弧を描くようにして廊下が「起雲閣」をぐるりとまわっているが、これは旅館時代に増築されたもの。各棟は宿泊部屋としてそれぞれ独立していたので、専用の玄関をもつ(現在は使われていない)。

往事が偲ばれる、旅館「起雲閣」時代のパンフレット。

前述・太宰治は今は取り壊されてない「起雲閣 別館」にて『人間失格』を執筆したほか、山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、舟橋聖一、武田泰淳、三島由紀夫などの文豪たちに利用された。


旧客室のうち3部屋では、熱海ゆかりの文豪をイメージした物品を展示している。
1929年(昭和4年)竣工の洋館「金剛」。

「金剛」の暖炉まわりの柱。面取りされ、かつ長押付近に螺鈿が嵌め込まれた名栗仕上げがみられる。暖炉上にわたされた長押も同様で、螺鈿の模様はダイヤ、クローバー、ハートなどの絵柄が使われている。
北西側に隣接する小部屋から「金剛」ダイニングの眺め。敷物で覆われたダイニングの床は、今は殆どが寄せ木張りだが、かつては全面が陶芸的なタイル張りだったらしい。ステンドグラスはドアの蝶番などの建具、ブルーの家具などは当時のもの。
小部屋とダイニングの境の床の仕上げ。

かつて「金剛」併設された「ローマ風浴室」は、1989年(平成元年)に道路拡幅工事があった際、天井や壁などが新建材に、また建物の向きも90度変更になっている。
当時は浴槽のまわりに木製のタイルが敷かれていたほか、畳敷きの脱衣所と化粧室も付設されていたという。
換気口金物、テラコッタ製のカラン(湯出し口)、ステンドグラスの窓は当時のもの。

企画展示室、旧大浴場(染殿)を抜け、見学順路最後の旧客室「孔雀」。
1919年(大正8年)竣工の「内田信也別邸」の一部。かつては「麒麟」の隣に建っていたが、二度の移築を経て、現在の位置(庭園を挟んで「麒麟」とほぼ対面、敷地の南側)となる。
地味な印象を受けるが、 1953(昭和28年)と1981年(昭和56年)と二度におよぶ移築に耐えた頑強な建物。
以上で館内見学施設をほぼ見学。企画展示室で開催していた「タウトと旧日向家熱海別邸」の展示やビデオなどじっくり見ると、軽く2時間はかかる。

旅館時代はBarだった「喫茶室やすらぎ」で一息つきたかったが、閉館1時間前のラストオーダーに間に合わず。
施設パンフレットなどに拠れば、この「起雲閣」は、非公開の「岩崎別荘」、現存しない「住友別荘」と並び、「熱海の三大別荘」と位置づけられている。上に備忘録として記した通り、見応えは充分。

アクセス:JR熱海駅前からバスで約10分、「起雲閣前」下車すぐ目の前。熱海駅への帰路は同停車場から乗車、または徒歩2分ほどの「天神町」バス停から乗車。
熱海市役所 〜「起雲閣」案内サイト
http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=893

以下は補足。
企画展示室で見た「タウトと旧日向家熱海別邸展」は渾身の企画展だった(主催:旧日向別邸保存会)。会期は3月31日まで。「起雲閣」入館料で見学できる。

旧日向別邸(熱海の家)は、木造二階建ての母屋を《銀座和光(旧服部時計店)》(1932年 )を手掛けた渡辺仁が設計、地下室の空間とインテリアをブルーノ・タウトがデザインし、 1936年(昭和11年)に竣工した。
地下室は国内に現存する唯一のタウトの建築作品として、docomomo100(註/現在は150)に選出され(No.036)、2006年には国の重要文化財指定を受ける。
だが近年、虫食いなど老朽化が甚だしく、保存状態は悪化する一方と聞く。「起雲閣」での展示はそのことを詳細な資料を添えて見る者に強く訴える内容だった。

「旧日向別邸」の見学は予約制。詳細は下記サイト参照。
熱海市役所〜「熱海の家」案内
http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=641