読書感想『建築家っておもしろい 古谷誠章+NASCAの仕事』

プロフェッサー・アーキテクト古谷誠章氏の最新書籍。発行は長野県の小布施町にある文屋、2014年6月の刊行。
同書では冒頭で先ず、聞くと同時に殆どの者が疑問に思う事務所名:NASCAの由来と設立経緯の説明に始まり、最初に手掛けた《アンパンマン・ミュージアム》以降の作品について語られる。ほぼ一貫している設計理念は「がらんどう」だ。


時に勝利し多くで負けたというコンペも含めて、想定しえぬ様々な問題が勃発する現場エピソードなども重層的に進行する本書。「今ではすっかり有名な建築家になったヨシムラ(註:吉村靖孝氏)」ら教え子・所員と共に奮闘した日々の描写は、その当時の世相や社会的事件も添えられ、まるで昨日のことのようにリアルでスリリング。「この先、いったいどうなる?!」とドキドキしながら読み進んだ。

同書では、現場や出会った人々から与えられた喜びと共に、犯してしまった失敗も、悔恨を滲ませて振り返っている。《詩とメルヘン絵本館》において、戸田恵子さんに「怒った顔をみたことがない」と回想されていた故やなせたかし氏から、作家として譲れぬ一言を発せらるに至った経緯は、古谷氏が言う通り「事務所草創期最大のミステーク」なのだろう。

そんな悲喜こもごも入り交じった日々の中から、自邸でもある《ZIG HOUSE/ZAG HOUSE》や、《バウムハウス》、《近藤内科病院》、《神流町中里合同庁舎》などが生まれ、 2005年に竣工した《茅野市民館》は、後に日本建築学会作品賞を単独受賞する。

茅野市民館》 オープン前に開催された見学会にて(2005年5月撮影)

講演会や公開審査会、「むずかしいテーマをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」をテーマに掲げ、古谷氏が2005年より代表幹事を務める建築家フォーラムにおいて、聴衆に語りかける古谷氏の言質はとてもソフトで解りやすく、その心理的垣根の低さは本書の文体にも反映されている。現場ごとに関わった人々への謝意も述べられ、竣工の功労は当時の所員にあるとする。
古谷研では架空の設計課題を出さず、現場で鍛える方針。吉村氏をはじめ、古谷氏のもとから多くの人材が巣立っていったに違いない。

古谷氏に「事務所のパートナーだが、パートナーではない」と紹介されることが多いという、1994年に事務所を共に立ち上げ、代表取締役を務める八木佐千子氏が、11の章立ての間で時にボヤく「ヤギの言い分/even」もクスリとさせられ、楽しい。

建築ってやっぱりおもしろい。


版元「文屋」公式サイト
http://www.e-denen.net