読書感想『名作家具のヒミツ』

「名作椅子」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。デザインを修学した者なら、課題でレンダリングをした学生自分を思い出すだろう。インテリアショップなどで目にした○○だったり、《新国立美術館》のロビーで身体を休めた△△だったり、でもまだまだ座る前に「これって幾らするんだろう」などと邪推してしまう"高嶺の□□"ではなかろうか。
ジョー スズキ氏執筆による『名作家具のヒミツ』(X-Knowledge、2014年9月)は、「名作」と称される椅子や照明にまつわる数々のエピソードが満載で、これを読むと、「巨匠」と呼ばれた人々に親しみを覚え、遠かった距離もグッと近くなる一冊。

目次からカウントすれば26点だが、登場する作品の数はもっと多い。関係者へのインタビュー取材などに基づき、写真家でもあるスズキ氏の撮り下ろし写真も多数収録。発行時点での販売価格や取り扱い店、巻末に読み落とすべからずの脚註も付き、約200ページ・総カラーで、本体価格1,600円。
特色ピンクの帯や、中ページのベタ黄が目に眩しい装丁は、マツダオフィスのデザイン。本書の一節を借りれば、これは「世界を驚かせるためのデザイン」に対する、著者のリスペクトを色であらわしたものと思われる。

名作家具にまつわるエピソードは、ル・コルビュジエ(1887-1965)のデザインとして世に知られる《LC2》に始まり、ウィリアム.モリスの当時の評価と美貌の夫人、F.L.ライトの照明《タリアセン》が1994年にYAMAGIWAから《タリアセン2》として復刻されるに至った経緯、安藤忠雄設計「住吉の長屋」の竣工写真に映った《Yチェア》が辿ったその後の展開など、読みながら何回「へーぇ」と声が出たことか。名作の中には、お蔵入りや崖っぷちから息を吹き返したモノや、一部の評論家に「電車の窓から投げ捨て」られたフラワーベース(=《アアルト・ベース》)もあったのだと、他の誰かに言いたくなるような"黒歴史"まで教えてくれる。
掲載は時系列順で、時代の新技術とデザイナーが織りなす潮流も、読み進むうちにわかってくる。コルビュジエやライトが活躍した時代には、彼等が設計した空間に見合うものとして満足できるような照明やチェアがなく、自らデザインせざるをえなかったという事例も(丹下健三と天童木工の恊働事例でも明らかなように)、本書で改めて理解できた。先に目黒美術館で回顧展が行なわれたジョージ・ネルソンも何度か顔を出し、ロンドン五輪の聖火をデザインしたバーバー・オズガビーの《ティップトン》で、3章までがいったん締めくくられる。最終章は、純粋に「良いモノ」だけを世に送り出そうとする「経営者のヒミツ」に迫る。
後述・出版記念パーティで挨拶する著者ジョー スズキ氏

ネイビー》のラインの細さと素材の必然、《スパニッシュチェア》の肘掛けが大きいワケ、ロン・アロッド愛用の車の名前、ハーマンミラーの社名の由来など、1つの家具につき3Pほどのボリュームで端的にまとめられたエピソードの数々は、スズキ氏の豊かな知識の断片に過ぎない。成形合板の工程をたった2行でズバリ言い表す(かくありたい!)など専門用語を排した文章は、読み手の負担にはならない(仮に「プロダクト名、シルエット、デザイナー、この3つを正しく結びなさい」などと出題され、販売元と国内取り扱い店が追加されようものなら完全にアウトな私などには、本書に掲載されたような、家具の周辺に散りばめられたモノを取っ掛かりにすれば、もしかして正解率が上がるのではないかと、読み進みながら思ったりした。

読み終わり、新たに生まれた謎がひとつ。P017に某巨匠のショッキングな=露な写真があるのだが、右の脹ら脛に派手な縫い傷が認められる。すっごい気になる!)

10月9日に神宮前のカールハンセン&サン フラッグシップ・ストアで行なわれた出版記念パーティでも、ゲストをアッと驚かせるような"仕掛け"(この場合は「おもてなし」と言うが正しい)が用意された。
vage 料理研究家の秋場奈奈さんがコーディネートしたテーブルは、そのあまりの美しさに、ゲストは写真を撮るばかりでなかなか手をつけず、著作にサインをしていたスズキ氏が中座して先鞭をつけて後、ようやく本来の役目を果たし始めていた。
ドレッシングから全て手作りのフィンガーフードの素材は野菜=動物性たんぱく質と添加物を一切使っていない。ホワイトブロッコリを色づけしたピンクはビーツ、黒いトルティーヤは竹炭を用いている。「この本の中身と同様、ウソ偽りなしです」とスズキ氏。
眼も腹も幸せ。大変美味しゅうございました。ごちそうさまでした。


ジョー スズキさんの facebook 

秋場奈奈さんがセレクターを務めるコンシェルジュ型通販サイト[HATCH]のインタビューページ
http://shop.hatch8.jp/?pid=61294811