《東京都庭園美術館》12/22-12/25夜間特別開館

先月22日にリニューアルオープンした《東京都庭園美術館》。閉館中の約3年におよぶ建物の改修に携わった技術者・設計者(アーキテクツ)の仕事の一部を紹介する「アーキテクツ/1933/Shirokane アール・デコ建築をみる」を開催中の本館と、このほど新造され、こけら落としの企画展「内藤礼 信の感情」を展開中の新館ともに、会期最終日の12月25日まで、夜20時まで特別に開館している(入館は19時半まで)
休館日を除く、混雑していない平日に限り、アールデコの館として名高い本館・旧朝香宮邸(1933、昭和8年竣工、造営/設計:宮内省内匠寮工務課)の撮影が許可されている(新館展示室は不可)

すっかり綺麗になった本館は鉄筋コンクリート/RC造2階建て(地下もあるらしい)。対の獅子が守護する正面玄関が東を向く。
かつて雨だれ跡がついていた外壁は、表面を剥がして塗り直され、往時の姿を取り戻した。リシンに骨材(明石砂利、寒水石)を混ぜたリシン材を左官職人が一気に塗り、いったん乾燥させてから、鉄製の歯状器具(丸い剣山みたいな工具)で表面をガリガリと掻き落として仕上げる"ドイツ壁"。施工の様子は、本展(「アーキテクツ/1933/Shirokane アール・デコ建築をみる」で公開中の映像資料で確認できる。壁に近付き、触れてみると成る程、ゴツゴツ・ザラザラとした手触り。
本館1F 正面玄関ホール
ルネ・ラリック(1860-1945)のガラスレリーフ扉。女性像は型押ガラス製法。

なお、各部仕様を説明したテキストは、会場に設置された解説板の簡略版が、同館公式サイト「本館各室について」ページに公開されている。また本館1Fウェルカムルームに置かれたiPad8台にインストールされた公式アプリでもガイドが用意されているので利用すべし。
本館1F 正面玄関の床
床は天然石によるモザイク。デザインを手掛けた宮内省内匠寮技手/大賀隆は、本館の平面図など主な製図を担当したほか、館内で山ほど目にするラジエーターカバーの制作にも携わった(会場配布資料より)
玄関ホールに直結した第一応接室。当時は来賓の従卒が待機する部屋として使われた。壁はスイスのサルブラ社製テッコーシリーズ(復原)。照明と家具は宮内省内匠寮技手/水谷正雄によるデザイン。
大広間の見上げ。計40個もある天井の半円形照明が、奥の大鏡に映り込み、壮観。
香水塔が据え置かれた次室から、1階大広間の壁を飾る大理石レリーフ「戯れる獅子たち」の眺め。
主要7室の内装を手掛けたアンリ・ラパン(1873-1939)がデザインし、フランスのセーヴル製陶所で製作された白磁の香水塔(噴水器)は、内側に付着していた樹脂や接着剤を全てとり、バラバラな状態から復元・修復された(足掛け2年に及んだ、気の遠くなるような作業の一端は、旧喫煙室と新館ギャラリー2で流れている6分弱の映像資料で見ることができる)
見た目にはわからないが、柱と香水塔の台座は"コンクリートに漆塗り"という驚くべき手法で再現されたもの。
その当時の技法を再現したという、コンクリ+密色漆塗り仕上げのサンプルは、本館1Fウェルカムルームに用意された「素材とかたちのキューブ」で触れることが出来る。

下の画は次室から続く小客室。
緑色の壁はアンリ・ラパンによる油絵で、森と小川の風景が描かれている(壁の片隅に「H.RAPIN」とサインあり)
マントルピースの大理石はギリシャ産の蛇紋岩ティノスグリーン。
マントルピースの右脇、壁と柱の接合部には美しい飾り紐がまわっている。この仕様は各室で頻繁に目にした。
南面のテラスから庭へと繋がる大客室。噴水塔が置かれた次室に通じる奥の扉が閉まっている状態。次室の面はブロンズ製押縁付きの鏡張り。
アンリ・ラパンはこの大客室、前述の大広間と小客室と次室、大食堂と2F殿下書斎および居間の内装を担当。大客室を取り囲む上部の壁画はラパンのものだが、所々のデザインに当時の新進作家を起用した。
例えば、大客室と大食堂の扉のエッチング・ガラス(彫刻硝子)をデザインしたマックス・アングランは(1908-1969) 設計当時は20代後半。扉上の鉄製半円形飾り(タンパン)を手掛けたレイモン・シェブ(1893-1970)もラパンより20才若い。
暖炉の装飾。
ルネ・ラリックによるシャンデリア照明「ブカレスト」。修復工事では金属のフレームに付いたガラス・パーツがひとつひとつ外され、汚れを落として再び組み直された。
漆喰と石膏による天井装飾、イオニア式柱頭まわりも含めてモールディングも実に見事。

大客室の四隅に置かれたラジエーター(温水暖房機)のカバーは内匠寮がデザインしたもの。欠損していた1辺と歪んでいた部分を今回修復、美しいシルエットが室内に落ちるようになった。
大客室と大食堂の境。ぶ厚い仕切り壁に収納された引き戸の把手のゴツいこと。さぞ重たい扉であろう。
円形の張り出し窓が優雅な1F大食堂。壁を飾る植物紋様は、大広間の「戯れる獅子たち」と同じ、イヴォン=レオン=アレクサンドル・ブランショ(1868-1947)のデザイン。
日没後に改めてこの部屋を訪れてみたところ、ラリックによる「パイナップルとザクロ」3連照明に、銀色に塗装された壁面の植物紋様の彫りまで美しく照らされる夜間=晩餐時の見栄えに重きを置いているのでは、という印象を抱いた。

なお、家族がプライベートで使った小食堂が、配膳室に近い西側にこれとは別にあり、和のテイストで、こじんまりとしている。
円形張り出し窓の足下付近のレジスターカバーは魚と貝がモチーフに。同室暖炉のカバーも同様のデザイン。このほか各室のレジスターのデザインも見どころポイント。
大食堂から外部テラスに続くドア(閉鎖中)

ここで改めて館内レイアウトを確認。。
上の画:1F、下の画:2F。
中庭の南側、本館のほぼ半分(黄色い部分)が一般公開されている。

大食堂前にある、西側の第二階段から上階へ。2階は宮家のプライベート空間。
そして館内随所にアール・デコのデザインが見られる。 
本館2階、姫宮寝室+居間へと続く間に吊り下げられた、ステンドグラスによる星形ペンダントライトの可愛らしいこと。
3年前の見学時には、さらに上の階にある、白と黒の格子床に、マルセル・ブロイヤーのワシリー・ラウンジチェア・セット(復刻品)が置かれたウィンターガーデンも特別に公開されていたが、現在は非公開(この時に配布された「アール・デコの館 ー邸宅鑑賞のてびきー」には、折りたたみ式で立平面図も付いた秀逸な出来だったが、今後はもう作らないのだろうか)。
館内の多彩な照明は見どころのひとつ。第二階段の踊り場から続く小さな展示空間(かつての使用人領域の廊下?)の突き当たりで目にした球型照明。

2階に上がり、前回見られなかった、西側に配された姫宮のための2室へ。後述の殿下書斎と同居間を除く2階各室の内装設計は、宮内省内匠寮によるもの。
姫宮居間(入室は不可)
円形の鏡に、小さな内藤礼作品「ひと human」(2014, 木にアクリル絵画[註.以下、同名タイトルの内藤作品の素材は同じ] 15×10.5×45mm)が認められる(隣接する姫宮寝室の窓辺にも、ほぼ同じ寸法の少女らしき「ひと」が佇んでいた)
美しい寄せ木の床は、ケヤキとカーリーメープルを矢羽張りし、さらにローズウッドで縁どったもの。
奥に見えるントルピースは、サーモンピンクの大理石「紅霰」を用い、さらに中の美しい紫がかった色は胴による釜変釉と推察されるとのこと。
居間の手前に位置する、姫宮寝室の北側の壁と、天井換気口を含む見上げ。メタリックブルーの壁紙は、サルブラ社製「テッコー」で、竣工当時のまま現存。この時代でなんという斬新さ。
第二階段前に戻り、ステップをあがって、廊下を西進。
その途中にある北の間は、建物で囲われた中庭に面している。北側からの安定した光と、天窓からの陽光が差し込み、昔ながらの凹凸のあるガラス越しに、廊下にも柔らかい光が落ちる。
主に夏季の避暑、団欒の場として利用された。
こちらの見どころは、腰壁と床に貼られたタイル。共に釉薬を施した、腰壁は櫛引きで引っ掻いたような紋様が入ったスクラッチタイル、床は布目タイルのモザイク貼り。《東京国立博物館》でも使われている泰山製陶所で焼かれたもので、通称:泰山タイルと呼ばれる。展示資料の当時のパターン仕様書を見る限り、竣工当時の床はもっと爽やかなグリーンだったかもしれない。
四方を囲まれた中庭の見下ろし。なお、建物の北側はかつての使用人エリアで非公開。
窓辺に佇む内藤作品:毛糸の「帽子」を被った「ひと」(2014, 15×8.5×54.5mm)が見つめる先、中庭の池のほとり、南を向いて設置されている小さなペンギンの象も、お洒落にも内藤礼謹製の毛糸の「帽子」を被っている(頭のサイズは61mm)

廊下に出て左に進むと、2階広間に繋がるのだが、現在は通り抜けができない。2階各室を通り抜け、館の東側へと移動する。フロアレイアウトは、後述・南面のベランダを挟んで、女性と男性の居室に大別される。
南西に位置する妃殿下居間。半円形のバルコニーに続くガラス戸から冬の陽光が差し、長い影がのびる。
緩やかな曲線を描いたヴォールト天井の中心部から下がった、5つのボール型照明。天井装飾の細工も素晴らしい。
ラジエーターのデザインは宮内省内匠寮/大賀隆によるものだが、允子妃の希望も反映されている。 腰壁および暖炉まわりに使われているグレーの大理石は、朝鮮半島産「縞鼠」。マントルピースの上には、内藤礼作品「ひと human」が鏡を見つめて佇んでいた。
南面バルコニーの床も、泰山タイルによるモザイクタイル貼り。扉の把手金具の細工も見事なもの。
妃殿下居間からは南面ベランダに続く扉。ドア枠と間仕切り壁のぶ厚いこと!
(薄雲)と黒(銀星)の大理石が市松模様に配されたベランダ(註.3年前の配布資料にはイタリア産と書かれているが、最新の解説では国産とある)。腰壁も大理石(白鷹)。椅子が置かれているので、宮様気分でのんびりと寛げる。
居室からベランダに出る扉の扉、把手金具のアップ。
妃殿下寝室に入室、部屋の奥から南面ベランダの眺め。ベランダは夫妻の専用で、妃殿下と殿下の各居室からしか入れない。
妃殿下寝室、小部屋に続くドアに付いた楕円鏡にも、内藤礼作品「ひと human」(2014, 15×9.5×54.5mm)が。本展では、思わぬところに置かれた内藤作品を探しながら巡るのも一興。

妃殿下と殿下寝室の間に設けられた第一浴室(2階には合わせて3つの浴室があるが、ほかは非公開)
工事従事者がこれぞと思うところを挙げて解説したインタビュー映像の中で、征目板状に切り出された石の縦縞柄が左右対称になるようにして貼られたという、薄緑色の壁大理石(ヴェール・デ・ストゥール)が「幻の大理石」と呼ばれていた。内開きドアを受ける袖壁も無垢の一枚岩で、貴重なものらしい。 バスタブなどの衛生陶器も当時の日本では珍しいもので、海外から持ち込まれた。床は山茶窯(つばきがま)製陶所の布目モザイクタイル。現代のラグジュアリーホテルのものと比べても遜色ない仕様。
シンプルで落ち着いた仕様の殿下寝室。目を惹くのは、クスノキの玉杢が装飾としてそのまま使われた4枚のドア。装飾性が高い殿下居間とは対照的な雰囲気。
殿下居間では、光沢のある壁紙、カーテン、家具などが復原された。
殿下居間、対になったデザインの天井照明と壁のブラケット照明。縦長の換気口装飾も美しい。
青みがかった飾り紐、ヒノキの付け柱、その上にシトロニエ(レモン)材がまわった装飾、壁と天井の設置面の装飾など、細部まで凝りに凝っている。天井にあわせて大鏡の上部も半円形で統一。
2階の東南の角に位置する書斎。内装はアンリ・ラパンが担当した。正方形の空間だが、四隅に飾り棚が配されて八角形に見える。合わせて、モノグラム入り絨毯も八角形に。戦後の昭和22年(1947)から29年まで、外相公邸として吉田茂(当時は首相兼外相)が執務をとっていた部屋。

殿下居間からいったん2階の広間(後述)に出て、東側の若宮の部屋へ向かう。
その途中、書斎と若宮居間に挟まれた書庫の床の上に、内藤礼作品「ひと human」(2014, 21.5×11.5×60mm)を発見。
若宮には寝室、合の間、居間の3室が用意され、2階本館東側の約2/3を占める。
東に面した若宮寝室の天井見上げ。入館の際、正面玄関の向かって右上に張り出して見えていた、半円形の壁面が特徴的な部屋である。張り出し窓のサッシは竣工当時のもの。
若宮寝室の窓辺に置かれたラジエーター(温水暖房機)のカバーは魚貝類がモチーフ。他の部屋・廊下には青海波や香の図、噴水の絵柄なども見られた。
白漆喰のヴォールト天井から、独特なデザインの照明が吊り下がる若宮合の間。ガラスで保護されている壁面の仕上げは、石材の一種トラバーチンを模した土壁風。
ステンドグラス照明が下がる若宮居間と暖炉。こちらのラジエーターカバーも魚がモチーフ。
マントルピースの天板コーナーに置かれた内藤礼作品「ひと human」(2014, 15×11×55mm)と「人生の可能態(鏡)」(2014[1991-], 60×90×5mm)
若宮居間は正面玄関の真上に位置し、車寄せの上が四角いバルコニーになっている。立ち入り禁止にて、ガラス越しに、関東大震災後に普及したクリンカータイルの現状を確認するのみ。

これら家族の居室の中心に位置するのが、1階大広間から第一階段で繋がっている広間である。宮家が暮らしていた当時、見事な寄せ木細工の床にピアノが置かれ、家族団欒の場だった(展示中の洋家具はかつて1階喫煙室にあったもの)
2階広間の見上げ、左官とガラス職人の技が光る美しい天井照明(デザイン:宮内省内匠寮/水谷正雄)
照明柱の美しさが引き立つ、日没後の2階広間。直線のフレームで構成された仕切り窓を挟んで、上の画・右側に北の間(ベランダ)が位置する。仕切り窓の下には造り付けのソファが横一列に並び、日中は見学者の休憩コーナーと化していた。緑色の壁はラフコート塗装の後、当時の左官職人がコテで均一の模様を付けたもの。
第一階段の見下ろし。ステップの白いビアンコカララ、木目調の腰壁、手すり部分のポルトロと、イタリア産ながらそれぞれ異なる3種類の大理石が使われている。特に黒地に金の模様が入ったようなポルトロは、今後の産出は望めないという最高品質の石。

超がつくほど豪華で贅沢な第一階段を降り、1階の大広間へ。
日中は大勢の見学者で混雑していた1階大広間も、日没後はこの通り。
大鏡に映り込んだ内藤礼作品「ひと human」(2014, 22×12.5×59.5mm)を改めて鑑賞。

リニュアール記念展「アーキテクツ/1933/Shirokane アール・デコ建築をみる」および企画展「内藤礼 信の感情」は、共に2014年12月25日までの会期。22日から最終日までの4日間は20時まで特別開館する(入館は閉館30分前まで)


東京都庭園美術館
www.teien-art-museum.ne.jp/




+飲食のメモ。
今回のリニューアルでは、本館の西側に《新館》が誕生した。大小2つのホワイトキューブのギャラリー(ギャラリー1にて「内藤礼展」開催中)ミュージアムショップ「NOIR」(正門脇にも入館料不要のショップ「BLANC」あり)、カフェ「Cafe du Palais(カフェ・ド・パレ)」が入った。期間中は新館も20時まで営業時間延長。
案内矢印に従って、1階小食堂を横目に旧裁縫室だった連絡口から本館の外に出て、新館へ。
同館ニュースNo.55や以下の情報に拠ると、新館の設計には、杉本博司氏がアドバイザーとして関与している。

同館公式サイト〜CONVERSATIONS vol.3/杉本博司インタビュー
www.teien-art-museum.ne.jp/special/conversation/index5.html
本館と新館を結ぶアプローチの片側(上の画、左側)には三保谷硝子が使われており、壁と床に美しい影をつくる。夜はまた雰囲気がガラリと変わった。
三保谷硝子越しに、カフェのテラス席、その向こうに本館の眺め。
波板硝子の表面は(上の画のように)緩やかに波打っていて、水面のような微妙な凹凸と、凹の中心に小さな"ぽっち"がある。
新館アプローチ、夜間の画。館内の照明により、日中にはない表情が硝子表面に現われた。
カフェ「Cafe du Palais」のテラス席は南向き。敷地の南側に広がる庭園と茶室は、平成27年度の公開を目指して整備中。

今回は昼前に来て18時過ぎまで館内に長居をしたので、ランチとお茶休憩でカフェを利用。
先ずランチ。クリスマス期間限定のサンドイッチに珈琲を付けて消費税込み1,550円ナリ。
クリスマス仕様のオリジナルシフォンケーキ(消費税込850円)とカフェラテ(定価700円、ドリンクはセットで100円割引に)。コーヒーの豆は堀口珈琲、食器はノリタケのもの。
どちらも美味しゅうございました。ごちそうさまでした。

新装カフェは大人気で、外のテラス席ではなく室内席を希望する場合、平日でもランチタイムは順番待ちに。日没後はいくらか空いたが、次から次へと来店する客へのスタッフの応対が、キビキビかつ柔らかで感心した(尊敬の域)。1日に2回も行ったからだろう、ラテにハートを描いてくれてアリガトウ。

東京都庭園美術館新館内「カフェ・ド・パレ」
www.teien-art-museum.ne.jp/cafe_shop/cafe.html

ところで、リニューアルしたのは建物や家具だけではない。目黒通に面した正門も、1983年に美術館としてオープンして以来、初めての全面修復が施され、キレイになっている(詳細は東京都庭園美術館ニュース[第52号]リニューアル準備号-3に掲載)

東京都庭園美術館は年末年始を挟んで2015年1月中旬まで休館中、17日より、開館30周年記念「幻想絶佳 :アール・デコと古典主義」が始まる。