《旧杉並中継所》について学ぶ

JIA杉並地域会が主催する「JIA杉並土曜学校」が企画した、講演会付き見学会「青木茂さんと見る、旧杉並中継所」に参加する(下の画:講演会場で配布された資料)
「暮らしを支える建築を巡る」をテーマに、区内のさまざまな施設ーー《大宮前体育館》、《鉄道高架下施設》、《浴風会》を見学するシリーズの最終回。今回は建物の内部には入れなかったが、こういう建築物があるのだと知る良い機会となった。

「旧杉並中継所」は西武新宿線井荻駅の北西側、井荻森公園の一角に位置し、練馬区との境に近い(下の画でいうと、左側が北で、練馬区側。画面右上に徒歩7-8分の井荻駅があり、線路を横断している太い道路は環状八号線)
旧施設名称の"中継"とは、不燃ゴミの中間処理施設だったことを示す。1996(平成8)4月に開設、2009(平成21)3月末に廃止されるまで稼働していた。その間の経緯については、杉並区役所公式サイトに開示されている。
井荻森公園の近くに長年住んでいるという参加者の話では、かつては国(旧通産省)の機械技術研究所が在った土地だそうで、大きな樹木も切られずに残され、区立公園となった後も約4万平米という広大な敷地を維持している。災害時の避難広場にも指定されている。
公園の北西の一角に《旧杉並中継所》はある。柵で囲われているので、地下に埋設された処理施設はもちろん、建物物の殆どは確認できない。
立ち入れる地上のエリアには、ピラミッド型トップライトが点在。この足下に、集塵脱臭室をはじめとする処理施設が存在する。配布資料記載の施設概要に拠れば、敷地面積は約9,500平米、建物の床面積は6,890.31平米(註.参考までに、昨夏に見学した、地下2層に主要施設がある《大宮前体育館》が5,765.84平米である)
地上に露出した旧排気筒。
南側の土手より、建物(管理棟、後述)1階部分の見下ろし。
厳重に施錠されている門扉越しに、1階管理棟の眺め。
この日は特別に、区の担当者立ち会いのもと、管理棟外壁の現状確認を目的に、敷地内への立ち入りが許可された。
やや薄汚れたガラス越しに、建物の各階案内図が見えた。1階の図・右下に突出しているのが管理棟。1階にある会議室、ギャラリー、作業室は、環境や廃棄物に関する活動に限り、貸し出されたり、地元消防署の訓練に使われることもあるが、稼働を終えて数年が経過している地下階は、空調、安全、保安などの面から立ち入り不可。

ここで再度、数少ない手持ち資料で施設の概要を確認してみよう(左の各階平面図と、チラシ表面のイラストでは、見ている角度が90度違うので注意)。
地上から地下1階にかけてのドライフロアには、コンテナ車が何台も停まれるスペースや、搬入・搬出路が確保されている。工事費が約66億円、用地費82億円という金額からも、かなり大規模な施設であることが窺える。
杉並区と東京都との取り決めで、2020年までは処理施設であることは変えられず、現状維持が決まっている。5年後にどうなるかは白紙の状態。先ずは建物を見る機会を設け、現状について広く知ってもらおうと、今回の見学会が設けられた。
見学会にも同行した青木茂氏/青木茂建築工房代表は、《旧杉並中継所》を見るのも知るのも今回が初めて。建物を再生する「リファイニング建築」の提唱・実行者としての立場で、講演を依頼されたもの。入れない建物の内部に気をとられがちな見学者を前に、管理棟の庇部分を見上げ、「こういうところが傷んでいます」とレクチャーが始まる。
管理棟は鉄筋コンクリート造。西側の庇裏にはクラックが走り、白華現象(エフロ)と呼ばれる、初期の劣化が散見された(放置すればもちろん進行する)
上の画のクラック(ひび)はあまり芳しくない状態。鉄骨に対するモルタルかぶりの厚が不足しているのではないか、との診たて。見学者には建築関係者も多く、青木氏に対して専門的な質問が幾つも飛ぶ。
南面の会議室の柱の表面にも細かいヘアークラックがみられた。青木氏は「コンクリートうちっぱしの宿命。この程度ならまだいいが、横にびしーっとヒビが走っていると、ヤバい状態」と見学者に教授。とはいえ、施設の性格上、地震にも強い構造の、頑強な建物であるとの診たても。仮に解体する場合、大変な手間と費用がかかるのは間違いない。


見学の後、井草地域区民センターに移動。青木氏の講演会を聴講。この時点からの参加者を含め、会場はほぼ満席。地域住民らの関心の高さが知れる。

レクチャーは「超寿命化住宅とは何か」と題し、29年におよぶ「リファイニング建築」の事例が紹介された。《後藤寺さくらマンション》、《高根ハイツ》、《千駄ヶ谷 緑苑ハウス》、《八女市多世代交流館「共生の杜」》、《八女市立福島中学校屋内運動場》、《清瀬けやきホール》、《満珠荘》、《北九州市立戸畑図書館》など、共通するポイントは「建物と使い手の時間軸をどう設定するか」だという。
東中野《高根ハイツ》北側外観

各作品の改装前と後、before/after がスクリーンに映し出される度に、聴講者から「こんなにも変わるものなのか」という驚きの声と、感嘆混じりのため息が洩れる。"再生建築請負人"のようなイメージがある青木氏だが、講演後に挙がった質疑に対して「打率は1割程度」と答えた。現法の縛り、銀行からの融資の壁など課題は多い。リファイニングを実現させるために必要なのは、クライアント側の不安を解消すること。氏が「家歴書(かれきしょ)」と名付けた膨大な"家の履歴書"をまとめる手間を惜しまないのも、事務所スタッフへのノウハウ伝承を兼ねているが、現法上は何ら問題ない構造の建物であることを証明するためである。
云うだけではなく住んでしまえと、氏は既存不適格として不動産価値が失われていた物件を買い取り、自宅として再生している。2011年竣工の《YS BLD.》である(上の画は内覧会時のもの)
「何よりも必要なのは、自分の母親が住むつもりで設計する、その気持ち」という言葉で、青木氏は講演を締めくくった。《旧杉並中継所》がどうなるかは現時点では不明だが、仮に別の施設に用途変更されるとして、願わくば、工事の前後も、生まれ変わったさらに先も、人々の愛に恵まれんことを。

JIA杉並土曜学校」は今後も継続される。来年度のテーマは空家問題を取り上げる予定。詳細は後日、公式サイトで発表される。

JIA杉並地域会主催「JIA杉並土曜学校」
www.jia-kanto.org/suginami/doyou_gakkou/




+飲食のメモ。
講演会が行なわれた井草地域区民センターの1階、陽あたりの良い東南に面して、カフェ「FikaFika(フィーカフィーカ)」が営業している(休館日を除き、11-17時)。杉並区の「ヘルシーメニュー推奨店」認証を受けている店だが、ランチが消費税込みで700円、ドリンクは250円からという価格設定が魅力的。食券を先に買って入店すると、13時半を過ぎても老若男女の客層で賑わっていた。
珈琲か紅茶が選べて300円の「手づくりマフィンセット」には、なんとメープルシロップまで付いてきて、お値打ち感がさらに倍。珈琲もドリップで淹れられた本格的なもの。
美味しゅうございました。ごちそうさまでした。

「FikaFika」井草店
http://world-business-support.co.jp/news/fikafika/popup/igusa.html