「高松次郎ミステリーズ」+奈良原一高「王国」@東京国立近代美術館

竹橋の《東京国立近代美術館(MOMAT)》にて、2つの企画展を観る。「高松次郎ミステリーズ」と「奈良原一高 王国」展は共に3月1日までの会期。
高松次郎(1936-1998)と聞いて思い浮かぶのは、赤瀬川原平(1937-2014)、中西夏之(1935-)と結成したハイレッド・センターおよび、東京オリンピック前に銀座で敢行されたパフォーマンス「首都圏清掃整理促進運動」。本展で、それは活動のほんの一部だと知る。会場には、約50点のオブジェや彫刻、絵画、150 点の関連ドローイングが並ぶ。

高松展の会場構成はトラフ建築設計事務所、フライヤーなどのグラフィックを《青森県立美術館》のサイン計画を手掛けた菊地敦己氏が担当。
1Fロビー前/企画展の出口付近では、1971年頃に撮影された"東京銀座「カリオカビル」の工事囲いに描いた<影>の前に立つ高松次郎"と一緒に記念撮影ができる。黒いサングラスも3個貸し出し中。

高松次郎の代表的なシリーズである<影>は、白い壁やカンバスに影が落ちているように"見える"が、実はペンティング。本展メインビジュアルにも使われ、来場者を最初に迎える《No.273(影)(1969、MOMAT所蔵)も、木のカンバスにラッカーで描かれたもの。

会場導最初の展示室には、これら一連の作品がどのように作られたのか、作家の思考やまなざしを紐解こうと試みる「影ラボ」が用意されている(協力:遠藤照明)。なお、本展では同ラボ4つのブースに限り、特別に撮影が可能。
上の解説パネルの表示では小さいが、《No.273(影)》のカンバスは250×300。対して、作品に描かれた<影>の実体である赤ん坊は、実際には片手で抱きかかえられる程度のボリュームである筈。そして、二重の影はどうすれば出現するのか? それらの"謎"を来場者自らが身体を動かして試し、確かめるための Shadow Lab。
日常・自然界ではおそらくありえない、4つの影が足下に。
天井から吊られた小さな椅子はゆっくりと回転している。壁におちる影は大きく、二重映しの状態で同じく回転を続ける。

「影ラボ」に続き、1960年代から98年に没するまでの作品が一堂に介した次の展示室も、トラフ建築設計事務所による会場構成。場内撮影禁止につき、参考リンクを設定する。

阿野太一撮影、会場写真(MOMAT公式)
www.momat.go.jp/Honkan/takamatsujiro/index.html#installationview

Internet Museum Youtubeチャンネル(2014.12.2公開、再生2分)
「東京国立近代美術館 高松次郎ミステリーズ」


前回、観たのが「映画をめぐる美術 ――マルセル・ブロータースから始める」だった所為か、第2会場に足を踏み入れた瞬間、あれ、近美の企画展フロアってこんなんだったっけ?と一瞬、頭がクラっとした。ああ、そういえば、前回とは入口が逆だったと思い出すも、場内は仕切りが殆どない大空間である。
初期・中期・後期の作品をそれぞれMOMATのキュレーター3氏で分担したという3章の構成。内部に映像モニターが組み込まれた展示用の四角い柱が10本立っているが、動線は緩やかで、展示作品の前に引かれた"立ち入り禁止ライン"も含めて控えめ(これは後で上階のコレクション展を観るとさらに実感できる)。柱や展示台の間を通り抜けながら、およそ40年の時代を自由に行き来もできるが、フロア中央に組まれた「ステージ」から会場を眺めるのもよい。
床から2メートルほど高いステージ。この視点で美術展会場を眺めることなどまずない。そして高松次郎の作品は(根底には共通するものが流れていると展覧会図録で担当キュレーター氏は指摘するが)、実に多種多様で、とても一人の作家による作品とは思えないのだが、ステージ上からぐるりと俯瞰すると、なんとなくだが、せせらぎのような、否、激流の音が聴こえるのかもしれない。
ステージ上にはベンチも置かれ、図録や高松氏の蔵書数点が閲覧できる。四角く囲った白いラインは縦横4.8×6.3mで、作家のアトリエを表現したもの。ステージ脇には、取り壊し前のアトリエの内外観や書棚の写真も。背表紙には磯崎新の著作や哲学書が数点認められた。
3章を見て、出口に向かう時、左手に休憩用のベンチが置かれているのに気付く。この第2会場はステージを中央に据えてカタカナの「コ」の字を右に90度傾けたようなかたちをしているから、会場に入ってきた時に目の前に置かれていて、見えていた筈だ(だが気付かず)。ベンチの脇をヒョイと越えると、98年の作品から一気に60年初期の作品にワープした。このベンチ1つで動線を見事に仕切っている。



2Fのギャラリー4で開催中の写真展「奈良原一高 王国」。1958年、作家が27才の時に、個展と雑誌で発表された「王国」は、和歌山の女性刑務所で撮影された「王国(その1)壁の中」と、北海道トラピスト修道院で撮影された「王国(その2)沈黙の園」から成る。
ゼラチンシルバープリントが作品世界をさらに漆黒に強める。全体像の紹介は東京では56年振りとのこと。
2F/ギャラリー4の向かいにある展示室11にも、奈良原作品「ブロードウェイ」(1973-74)があるのでお見逃しなく。
1931年生まれの奈良原一高と、1936年生まれの高松次郎は同時代の作家。雑誌『美術手帖』では質疑形式の対談もしていた。この奥の展示室に掲載誌の展示あり。
3階の展示室9(下の画)では、「王国」より前の1954-57年に撮影された「人間の土地」シリーズーー炭坑で栄えた"軍艦島"と桜島の噴火に遭った集落黒神村をフィルムにおさめた作品群も見られる。
MOMATコレクション展の会場では、撮影禁止マークがついた作品以外、肖像権や鑑賞を害するものでなければ、撮影可。
前回見学時も外国人が多かったが、館内の誘導言語が4カ国語になっていたと気付く。これだけのボリュームのテキストを綺麗に見せるのは、簡単なようで難しいデザインなのでは。
4階MOMATコレクション入口。
2Fの隅に積まれたダンボールと椅子。荷物置き場などと思うなかれ。田中功起のインスタレーション作品であり、2012年に制作された《一つのプロジェクト、七つの箱と行為、美術館にて》を上映中(再生:13分33秒)
2人ないし4-5人の男女が、ダンボール箱を《国立近代美術館》の内外あちらこちらに搬入、搬出、時に放り投げる姿が延々と映し出されるこの映像作品、撮影は館内の作業エレベータや事務室、機械室で行なわれた。鑑賞スペースを囲うインスタレーションも、館内の椅子やソファなどの備品を使っている。
いつも本館でゆっくりしすぎて、入館16:30までの《東京国立近代美術館 工芸館》まで回れないか、旧近衛師団司令部庁舎見たさにダッシュで向かうことになる。

次回展示は3月20日から「大阪万博 デザインプロジェクト1970(仮称)」が予定されている。

東京国立近代美術館
www.momat.go.jp/




+飲食のメモ。
MOMATの2Fには三國清三プロデュースによる「ラー・エ・ミクニ」が入っているが、ランチが3,500円からとけっこうなお値段。
地下に飲食店街が連なる《パレスサイドビル》へ。
林昌二がチーフアーキテクトを務めた日建設計による《パレスサイドビル》。竣工した1966年は、ハイレッド・センターや奈良原らが一線で活動していた頃。赤瀬川原平の「千円札裁判」の審議期間の真ん中だ。
毎日新聞社の本社屋としても有名。
1Fの天井見上げ。こんな仕上げの天井、もう出来ないのでは。
1Fから地下に降りる階段。手摺りがやたらとゴツい。

長い飲食店街の途中、1FからB1Fを結ぶ階段。このスチール階段もスゴい。

飲食店街は14時を過ぎてもランチを出してくれる店が多いのだが、近美本館と工芸館が閉まる17時はさすがに夜の顔。B1Fに新しく出来たハンバーガー屋「the 3rd Burger 竹橋パレスサイド店」を探す。6月26追記.6月15日をもって閉店したが、アーカイブとしてデータを残す。
2枚前の「ゴツい手摺りの階段」を降りた左手、B1Fの東側にオープンしたのは今年1月。
the 3rd Burger(ザ・サードバーガー)」の青山骨董通り店と似た壁の仕様、そして天板ガラスの大テーブル。あちらは内装デザインをマウントフジアーキテクツスタジオUDS(株)(都市デザインシステムより2012年改称、参考:同社worksが手掛けているが、竹橋店はどちらの事務所がデザインしたのやら、リサーチ中。
「アボガドわさびバーガー」(消費税別550円)+ドリンクのセットで消費税込み821円ナリ。小松菜やトマト&ヨーグルトなど5種類あるスムージーが人気とのこと。
バーガーの肉が焼き上がるのを待って、カウンターまで取りに行き、食べ終わったらゴミは分別して捨て、トレイと皿は置き場に戻すセルフ式。その最後のふるまいを美しく促すサイン。
ごちそうさまでした。美味しゅうございました。

the 3rd Burger
www.the3rdburger.com/