武蔵小山で「stairs」をミルシルタベル

昨年、武蔵小山にオープンした「stairs(ステアズ)」を見学。設計は建築家の仲俊治氏が代表を務める仲建築設計スタジオが手掛けている。3階建ての共同住宅で、1階にレストラン「ties(タイズ)」、地下にシェアオフィスが入っている。後日の追記:2015.3.31「ties」閉店(同店公式 facebook 4.8掲載内容より。5月からケーキ屋となる模様)。以下のテキストは2月見学時のもの。
来月で竣工1年を迎えるこの日、ランチ付き見学会「ミルシルタベル」が開催された(有料)。地下1階から3階・屋上まで、仲氏の解説付きでくまなく見学した後、食堂でランチをいただきながら、ゲストスピーカー2組によるトークイベントを聴講。最後に交流会もありと盛りだくさん。参加者は不動産および建築関係者、学生、常連客も合わせて30名ほど。

註.各専門誌や仲事務所の作品アーカイブには《食堂付きアパート》として掲載されているが、以下、建物名称は「stairs」とし、1階のレストラン「ties」は食堂「ties」と表記する。

見学会の冒頭、「stairs」オーナーの椛沢誠治氏が挨拶。「何か地域に貢献できるようなアパートにしたかった」と話す。地元の学校で同級だった建築家の宇野悠里氏に相談し、パートナーの仲俊治氏ともども、自身の構想を伝えたのは約3年前。多様な価値観や営みが存在する現代にふさわしく、住むという選択肢のひとつを提供したい、若者の企業支援もできるとよい、何かを発信できるような、街と繋がりを持つ場としたい、などの要望を聞いた仲氏は当初、7つのストーリーを想定して設計案を出した。そのうちの案2と7が合体して誕生したのが、こちらの建物。
1階の食堂をコアに、住居兼仕事場としても使える5つのUNIT/スタジオとシェアオフィスが複合した共同住宅。作品名の"食堂付きアパート"というネーミングの通り、契約住民とワーカーは食堂を半額で利用できる。これらの運営ルールを含めたソフト面と、建築/ハコとしてのハード面の両方を同時に考え、互いに相乗効果をもたらすようなデザインが求められた。先ずはハード面の概要を記す。
敷地面積は139.89平米。構造は、この規模では珍しい鉄骨造(一部はRC造)。外壁は不燃の金属製スパンドレルを採用。「ものづくりの拠点である、工場などが多い下町に馴染みのある素材で外観を覆いたかった」と仲氏。北側2階部分を見上げると、幅120mmの金属パネルの目地が、窓の端にぴったりと納まっている。出隅と呼ばれるL字のコーナーリングも美しい。CADで綿密に目地幅を計算し、5〜8mmの4段階を設定して割り付けた。コーナー部分にさしかかったヤマ場では、他の工事もいったん全てストップさせ、熟練の職人さんが見事に張り終えるまでに実に1か月を要した。
東側1階側面。 白い壁はリシン材の吹き付け。食堂の厨房が覗ける小窓を設け、テイクアウトにも対応。 黄色いミゼットは、後述マルシェに出店中のパン屋さんの社有車、特別に間借り中。
建物は東と北でそれぞれ幅4mと4.2mの道に接し、第1種住居地域および近隣商業地域にまたがる。シビアな高さ制限をクリアしつつ、箱をズラして積み重ねたような外観に。隣家の日射を確保すると同時に、鉄骨造の強みを活かした「跳ね出し」で、北側に大きな軒下空間を生み出している。
深い軒下は、晴れた日にはオープンカフェに。雨天時の出入りにも便利だろう。そして月に1回、ここで小さなマルシェも開催される。これが、いわゆる"ソフト面"のデザインのひとつ。
この日は「マユゲパン」と「謎の雑貨屋さん」が出店。店主と客、人と人とが出会い、地域とも緩やかに接続する場に(私も見学受付より先にパンを購入、情報収集に励む)
今回の見学コースは、ビルの概要説明の後、いわゆる"SOHO住宅"UNIT/スタジオの1室を内覧、さらに屋上に上がり、1階に戻って、地下のシェアオフィスを辿る。見学後は食堂「ties」でのランチが待っている。各階レイアウト、各戸の平米数や賃料などは「stairs」公式サイトに公開されている。
北側の階段を上がったところ。「立体路地」と命名されている共有部である。左手に食堂のドア、さらに奥がUNIT1のエントランスがある。居住者が自転車を停めたり、鉢植えを育てたり、都市の路地のように使ってもらい、住民同士のコミュニティの場となるという想定。
UNIT1エントランス付近。画面中央、1本の細いポールで立ち上がっているのは、特注のインターホン。仲氏の談は「既製品を極力使いたくない」。
通常の半分、厚さ6mmの鉄板1枚をレーザーカットで3次元切り出した、成型難易度の高い階段。
2階「立体路地」。2つのUNIT前の共有部としてはかなり広め。床の仕上げは鋼製下地の上に無垢材のセランガンバツ。右手のステンレスカウンター下は、住民がシェアできるバーベキューセットと洗濯機の置き場が確保されている。パブリックとプライベートを緩やかに結ぶ中間領域/バッファーゾーンであり、ベランダのような位置づけ。
各戸共通のおさまりとして、インターホンはあえてドアから離している。これは、訪問者がインターホンで到着を告げる際に、居住者のプライバシー領域にこれから立ち入るのだという意識を芽生えさせる、心理的かつ空間的な境界線を緩やかに引いたもの。
賃貸住宅を運営する側のセオリーで云えば、共有部を削って居住スペースをできるだけ確保しようとするところ。だが「stairs」はそれをしない。共有部の広さは家賃にも反映するが、モノや空間をシェアすることで、住民の間に言葉を介した繋がりが生まれ、なにものにも代え難い豊かな生活が得られるのではないかと考えている。それを理解している人が、この、ひとつ屋根の下に住んでいる。聞けば、住民の半数がシェアハウス経験者らしい。
今回は特別に、UNIT/スタジオのひとつを見学できた。上の画は、立体路地に面して設けられた棚を含めたエントランスまわり。ドアとガラス壁を隔てて、外の共有部との境に段差は殆どなく、長尺塩ビシートを壁の左右両側まで敷いた靴脱ぎ場から、そのまま室内に空間が繋がっている。
UNIT室内の見上げ。15cm角の鉄骨の柱は、ロックウールを巻いて、4cm×2=8cmの皮膜処理を施すと、見た目にも圧迫感が出てしまうため、耐火塗料を2mm厚で塗り、人の手が触れる表面部分は紙ヤスリで研磨して軽やかに仕上げた。上階との境はデッキプレートを敷設して厚さ9cmのコンクリートを流し、生活音の発生を抑えている。天井の木のルーバーはデザイン的な処理で、パインの集成材。アルミ製のアングルによる数点留めで、上から吊られた状態。
部屋の突き当たりに位置する、洗面+トイレ+シャワー室。
巷でよく見かける間取りでは、バスルームは玄関脇などに追いやられ、採光も照明器具頼りになって、薄暗く閉鎖的な空間になりがち。だがこちらのバスルームは、北側の安定した光が入り、明るい。これも前述・2階の立体路地における設計コンセプトと同様に、間取りを引っくり返すことで別の効果が得られるという、逆転の発想から。

5つのUNIT/スタジオの面積は、24.5平米から最大で41.7平米。「いずれの部屋も、SOHO、住宅、その中間という3通りの使い方が出来るよう、コンセントの配置ひとつにも気を配った」と仲氏。ミニキッチンの給湯器も壁に露出させず、奥行きをもたせたキッチンカウンターの下に巧みに収納している。寒冷地ではよく見かける納まりらしいが、都内で見たのは初めて。

UNIT2を辞し、3階・屋上へ。
地上、1階立体路地、2階、さらに上の階へと、螺旋階段と共有部が緩やかに繋がるこの空間は、名称「stairs(ステアズ)」の由来でもある。拙稿ではつい"緩やか"と繰り返してしまうが、中間・緩衝領域、シェア、街や地域との連続性というキーワードは、全館に共通する。
雨上がりの屋上。晴れの日は開放感が増して素晴らしかろう。
冬季なので枯れているが、手すり部分には緑がつたい、緑化されている。足下の植栽は既製品を並べただけの花壇にはせず、仲氏は工場用角樋を使っている。底までが深く、尺も長いので、水漏れの原因となるジョイント部分を極力少なくして納めることが出来たとのこと。水やりは自動灌水。
屋上・北東側から、武蔵小山の街の見渡し。
室外機は2階のものを含む。その脇には給排水設備あり。いわゆる"ハト小屋"のように囲わず、そのまま設置した。
3階居室部分の見上げ。天井付近に付いている丸い金具は屋上メンテナンス用。
屋上から、螺旋階段の見下ろし。
2階の立体路地に降りる途中、ツアー冒頭で「大変だった」と仲氏が述懐していた、スパンドレル金属パネルの納まりの一部を確認。
さらに螺旋階段を降りて、1階の立体路地まで戻る。
ドアガラス越しに、食堂「ties」の眺め。1階は立体路地とひと続きになった"こあがりスペース"と、カウンター席および厨房がある道に面したフロアとが、小さな階段で結ばれている。奥の壁が虹色になっているのは、この後のトークイベントに備えたテスト投影。
食堂内から、ドアのガラス越しに外の共有部・立体路地の眺め。
ビル北側道路からの眺め。左上から時計回りに、食堂、立体路地、その下にシェアオフィスがある。
stairs」の椛沢オーナーは、若い頃にマンションの1室から独立・起業した経験をもつ。半額で飲食でき、打合せ時にも使える、しかも美味しい食堂が、同じ屋根の"上"に用意したのは、この場所を糧に、どんどん巣立っていって欲しいという願いが込められている。
シェアオフィスの定員は6名(見学時で1名欠員あり)
床はモルタル、さらに撥水処理を施しているが、塗装の際、ワザと氷点下の日を選んだ。その結果、作業の途中から表面が氷結し、塗り立てなのに、何年も使い込んだような仕上がりに。
シェアオフィスのトイレは、1階食堂との共同。トイレと店先の清掃は食堂が代行するので、契約ワーカーは自分の仕事により専念できる環境を与えられる。
「1階に食堂があるメリットは大きい」と仲氏。店のスタッフが常に居るので、ビルの防犯上と維持管理の面からみても好ましい。不在時に緊急の荷物が届く場合も、事前に食堂スタッフに一声頼んでおけば、代わりに受け取ってもらえる。食堂側のメリットは、例え半額でも利用して貰えれば確実に売り上げとなること。両者の間には「ありがとう」「どういたしまして」といったやりとりが生まれる。人と人、やがて見知らぬ者同士が繋がり出す。
食堂は、このビルの"おふくろさん"的存在であり、地域のコミュニティの核にもなれる場所である。




さて、今回のイベントタイトルは"ミルシルタベル"。建物を見学後、食堂「ties」のシェフが腕によりをかけて作った3種類のカレーを参加全員で食べ比べる、という趣向。シェフ、仲氏、オーナーの3氏から成る「食堂会議」の主催で、今日で2回め。後日の追記:2015.3.31「ties」閉店(同店公式 facebook 4.8掲載)
リシン吹き付けの白壁をバックに、軒下に置かれたベンチ+特製カレーの画。ベンチは石巻工房の焼き印付き。椛沢氏と選定し、店先のスペースに合わせてベンチの長さと幅は仲氏が指定した特注品。
特製カレーは牛、豚、鳥の3種類、甘さ辛さもそれぞれ。「食べ終わったら、自分の好みのカレーの欄に印を付けて投票してください」と段取りを説明しているのが、食堂「ties」シェフの遠藤千恵氏。
厨房カウンターの前板部分の仕上げは木毛板。下がアイボリー系、上がブルーグレーの2色。
今回は食堂の内装に関する説明まで時間がとれず、以下は断片的説明になるがご容赦を。
カウンター席からの見上げ。照明計画は岡安泉照明設計事務所が担当。
路面側のテーブル席の椅子。藤森泰司氏藤森泰司アトリエデザインによる「Ruca」に、丸いフェルト座を付けたもの。
スパイシーな香りが充満するなか、ゲストスピーカー2組によるプレゼンがスタート。足立区で進行中の「あだち農まちプロジェクト」で設計を担当する、PEA...代表の落合正行と、2014年度日本建築学会賞作品を受賞した《SHARE yaraichou》の共同設計であるA studio代表の内村綾乃氏が、それぞれのPJと暮らしぶりについて説明した。トーク終了後、店内は参加者同士の交流の場に。
3種類のカレーも、セットで選んだドリンク(自家製ソルダムビネガーシロップソーダ)も、自家製ピクルスの野菜も、全てが美味しかったです。ごちそうさまでした。
「鶏もも肉と玉ねぎカレー」に1票を投じたが、店のfacebookでの発表によると、豚と競った模様。

[食堂会議]メンバー
目黒区目黒本町5丁目「stairs(ステアズ)」facebook
https://ja-jp.facebook.com/stairs.msk

1F食堂「ties(タイズ)」facebook
https://ja-jp.facebook.com/ties.msk
後日の追記:2015.3.31「ties」閉店(同店公式 facebook 4.8掲載)

仲建築設計スタジオ
www.nakastudio.com/



+飲食のメモ。
マルシェに出店していた「マユゲパン」。どれもこれも魅力的だったが、1点張りで1,080円の「ワインパン・小」を購入。生地は水の代わりに赤ワインを使用、ワインで煮込んだイチジクをはじめ、マカダミアナッツ、くるみ、アーモンド、ブルーベリーなどが練り込まれ、製造に3日かかっているらしい。「ブルーチーズと合わせてもおいしいですよ」と店主に教わる。
受け取った時、パンとは思えぬ重量感がずっしり。下の画はパンの断面。計る前に食べたので、総重量重はもはや不明である。
これを目当てにしながらあえなく売り切れの憂き目に遭い、残念がる来店者を少なくとも2名はみた。店舗を構えていないので、悔恨は倍増すると察せらるる。購入できたビギナーとしては、今回の幸運な出逢いに感謝したい。

「マユゲパン」
www.mayumayuge.com/

このほか、オーナー氏から地元で人気のパン屋さん情報も教わってから帰路につく。
盛りたくさん、ごちそうさまでした。とっても美味しゅうございました、武蔵小山。