アトリエ・天工人《R・トルソ・C》オープンハウス

山下保博氏が代表を務めるアトリエ・天工人によるオープンハウスを過日に見学(左の画は東側外観)
戸建住宅《R・トルソ・C》はRC造の地下1階+地上3階。見ただけではわからないが、火砕流堆積物「シラス」を細骨材としたコンクリートで建てられている。

意匠設計・監理:アトリエ・天工人
構造:佐藤淳構造設計事務所
設備設計:山田浩幸/YMO(yamada machinery office
施工監理:ホームビルダー(株)
生コン製造:東京エスオーシー(株)
シラス製造:プリンシプル(シラス産業おこし企業 紹介PDF
アドバイザー:野口貴文(東京大学)、武若耕司(鹿児島大学)

施主夫妻は化学畑の専門家。自邸を建てるなら大好きなコンクリート打ち放し。そのコンクリートは挑戦的かつ環境的なもので、従来にない新しさを纏った建築にしたい、という願いが強くあった。設計を依頼された山下氏は、素材のリサーチを重ねるうち、鹿児島の「シラス」に辿り着く。
桜島を中心に広大な台地を形成するシラス。稲作物には不適な白い堆積層だと、地理の授業で習った記憶が蘇る。多孔質を生かした左官仕上げ材もあるが、従来は軽量コンクリートの骨材として、テトラポッドや駐車場の車止めブロック、U字溝などに使用されてきた。だが、建物の構造体とするにはJIS規格から外れるため、建物としての実績はなかった。山下氏は、前述の関係者らとチームを組み、2年をかけて"環境型シラスコンクリート"を開発、各種の実験を重ね、この《R・トルソ・C》において初めて個別大臣認定を取得した。
作品名称の"トルソ"は、イタリア語で「木の幹」あるいは「未完成の作品」との意。前後のRとCは"Reinforced Concrete"から。
今回使用したシラスは約2万年前の噴火で堆積したもの。ふるいにかけて5mm以下の粒子を選別、躯躰部分に使っている。触ってみると、キメが細かく、驚くほど滑らか(「つるっつる!」という第一声が表現として最も的確)。疎密な粒子が骨材となったコンクリートは含水率も高く、現場の職人からは「打ちやすい」との評。
上の画、ひし形の開口部が穿たれたコーナーが真北の方角。矩形(くけい)のコーナーを欠き取り、各所に開口部を設けている。多面体の建物形状は、住宅が密集する都心において、プライベートな「空」を獲得するためのもので、2005年の《チカニウマルコウブツ》、2012年《モノクリニック》、2013年《空を切りとる家》に続くデザイン・アプローチ。
エントランスがある南東側外観。
サイトは都内の準防火地域、北と西側が4m道路に面した敷地面積は66.67平米。
ベランダは設けず、ほぼ密閉状態の建物内部で熱環境の問題を解決する手法をとった(詳細は後述)
玄関は土間ではなくステンレス。3回ほど研磨した特殊な仕上げ。
1階は和室をコーナーに設けたワンフロア。床はモルタル金ごて仕上げ。右側の扉を開けるとトイレ、左側は一面収納。共に「加工MDF墨仕上げ」といい、木の繊維板であるMDF(medium density fiberboard)の表面をグラインダーでしごいてから墨を塗り、さらに蜜蝋ワックスをかけている。
トイレの内部の壁も同様の仕上げだが、こちらは塗装(ポーターズペイント)。便器背面の壁に見える「四角」は換気扇。
手洗い水栓はドンブラハ(Dornbracht)から今春発売される新シリーズ「DECK」。
和室に座っての見渡し。モルタル床との境を区切る、表面がゴツゴツした木材は、タモ材のなぐり加工仕上げ。奥の三角形の開口部付近に置かれているのは、今回のシラスコンクリートの資料パネルが2枚、従来品とシラスコンクリートの比較サンプルなど。
北側コーナーに設けられた階段室から、地下の見下ろし。
2階に到着。下の画は、東に面して三角形に開けられたFIX窓。
2階のフローリングは、中南米原産の「パープルハート」という珍しい木材に、オイル塗装を施したもの。在庫をキープしている国内業者は少ないらしい。これから年月をかけて、紅芋色(赤紫)から茶色に徐々に変わっていく。
ドンブラハのキッチン水栓がついたカウンターはステンレス製。上下に取り付けられたシェルフやボックスもステンレス。同じ素材で統一したいという施主の要望に対し、業務用厨房機器を専門とする北沢産業(株)が、キッチンと共に仕上げた特注品。
素材感の統一は冷蔵庫にも(但し、こちらは既製品でアリ:パナソニック製/トップユニット冷蔵庫)。鏡面扉に北側の階段室が綺麗に映り込んでいる。
パープルハート材によるダイニングテーブルには支脚がついていない。壁の中に埋設した8本の補強材と鉄板1枚で、厚い天板を支えている(構造設計:佐藤純構造設計事務所)
《R・トルソ・C》がとことん素材にこだわった住まいであることは、コンクリートの壁や天井以外にも、ドアやシェルフの把手にも見られる。鈍色のずっすりとしたシングルレバーは、既製品ではなく、鉄職人で作家の田中潤氏(工房 Sa/Hi 主宰)の手によるもの。蝶番ほかのドア金具は、既製品の中から違和感のないものを選んだ。
キッチンカウンターの裏側に集約された水まわり。洗面カウンターも北沢産業による特注ステンレス製。シャワーを含む水栓金具は全てドンブラハ。
バスルームからの見上げ。三角形の空が切りとられる。ここから落ちてくる光は、キッチンカウンター前の曇りガラスを通して、ダイニング側に採り込まれる。
バスルームから、洗面、トイレルームの眺め。リビングダイニングとの境のスペースにドラム式洗濯機を置き、その上にシェルフを設置。
階段室のコーナーから、2階フロアの見下ろし。
複雑な形状をした階段の手摺も田中潤氏の作。
2階と3階を結ぶ階段のコーナー部分。ひし形の開口の上端がステップの隅から僅かに覗く。これが有ると無いとで、付近および足下の明るさが違ってくる。
3階寝室。
四角い造作照明のスイッチは、枕元がほんのりと灯っているボックスの中に収納されている。
寝室のシェルフ。向かいのトール・シェルフの棒状把手は田中作品だったが、こちらの黒いロー・シェルフには把手らしき突起が一切ない。扉の表面は塗装仕上げ。
2階のロー・シェルフ(TV台)は、扉を手前にいったん引いてから、横にスライドさせると開く。
階段室の横には、4層吹き抜け空間を利用したPSがある。温度センサーが判断し、冬季は暖められた上方の空気を強制的に地下のピットへと送り込み、夏季は逆に地下の冷気が上階へと送られ、スリットから吹き出される。
階段下収納の焦げ茶色の壁は、前述同様に表面を加工したMDFに、墨ではなく柿渋を塗り、蜜蝋ワックスで仕上げたもの。なお、上の画には入っていないが、左手の奥に防音完備のオーディオルームがある。
地下室の床は、粒子の大きいシラスを混ぜた特注タイルを敷いた。
細かい微粒子に無数の孔があるシラスには、臭い除去や調湿機能があるとされる。この時期は花粉症に悩まされる山下氏も「建物の中に居るととても楽。またRC造竣工直後に特有のコンクリート臭さもない」との談。
4層吹き抜けの階段室天井から、1階フロアラインまで吊り下げられたペンダント照明。つららのような電球はLED製で、ガラス工芸作家によるハンドメイド。四方から自然光が入ってくる《R・トルソ・C》では、水まわり空間を除いて天井や壁に照明はなく、あってもスリットを利用した間接照明。

施主と設計者ががっぷりよつに組み、細部に神経が行き届き、ところどころに"神が宿る
"かのような住まい。

今回の"環境型シラスコンクリート住宅"PJのメンバーを中心に、一般社団法人地域素材利活用協会も結成された(代表理事 山下保博氏)。《R・トルソ・C》を含め、今後2年間で5-10棟の個別大臣認定を取得、3年後に物件を想定しない一般認定の取得を目指す。取得の暁には、鹿児島県の総面積の約半分、東京ドーム6万杯分の埋蔵量というシラスを消費する新たな産業起こしの可能性に繋がる。
また山下氏の話では、コンクリートの骨材として使われる砂、特に良質な河砂に至っては、現在入手が困難で、海砂を採掘せざるを得ず、洗浄や品質面で問題があるという。シラスコンクリートが使われるようになれば、これらも解決される。また解体後に粉砕すれば再利用も可能。環境負荷の軽減も見込める。
今後の展開が大いに期待される。

アトリエ・天工人
www.tekuto.com/