「No Museum, No Life? ―これからの美術館事典」@MOMAT

竹橋の東京国立近代美術館で16日より始まった企画展「No Museum, No Life?―これからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」を観る。

本展は、同館(MOMAT)、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館の5館を運営・管理している独立行政法人国立美術館の主催。2010年に国立新美術館で開催された企画展「陰影礼賛」に続く5館合同展で、コレクション41,882点のうち169点(出品リストの総数は1-215)をMOMATの会場に集め、美術館そのものをテーマにした構成によって、アート作品の新たな魅力を再発見してもらおうという試み。


会場構成はトラフ建築設計事務所

会期中3回予定されている、18時から所用90分のギャラリートークに参加。本展の企画者であるMOMATと国立西洋美術館の研究員2氏による解説付きで場内を観て回る(予約不要、観覧券要)

なお、会場内は撮影禁止マークがある2作品を除いて撮影可。

さて、人々が美術館を訪れる主な目的は展覧会をみたいがためだが、ツアー冒頭の研究員の言によれば、展覧会は美術館が果たすべき責務でいえば「氷山の一角」でしかない。日々の仕事は美術作品の収蔵、管理、保管、分類、貸し出し、研究や教育など多岐に及ぶという。本展では、美術館における諸相や活動を36項目に厳選して抽出し、事典のインデックスのようにAからZ順に並べ、5館の所蔵作品を各項目に対応させて展示している出品作品リスト

場内・順路の矢印で示された1つめの作品は、[Art Museum]として分類した、項目番号A-25:マルセル・ブロータース(Marcel Broodthaers)の2枚組のシルクスクリーン《Museum-Museum》。
スペルの順でいえば、所蔵品のいれものである美術館の関連資料(《京都国立近代美術館 マケット》槇総合計画事務所[制作年不詳]、『新国立美術展示施設(ナショナルギャラリー)(仮称)新営工事 意匠図 平成18年5月 完成図』黒川紀章・日本設計共同体[2006]など)をまとめた[Architecture]が先なのだが、本展を楽しむうえでひとつの視座にもなる、作家あるいは美術館へのシニカルな批評性を帯びたブロータースの《Museum-Museum》を、会場トップに据えている。
隣接する平安神宮の大鳥居までセットになった、槇事務所が制作したマケット(註.模型)は、《京都国立近代美術館》の"所蔵"ではあるが、通常は館長室で保管されている。同館の竣工は1986年(昭和61)

インデックスは、さらに Archive、Artist、Beholder(観者)、Catalogue(カタログ)、Conservation(保存修復)へと続く。
壁の端には A to Z の途上で現在位置を把握できる"印"付き。
ちなみにこの壁に顔を押し付けている"アラブの兵隊さん"の立体作品、壁を挟んで設けられた踏み台と対になった展示なので見逃さないように。
[C]:Curation の1例、「展覧会準備のための資料」。会場模型と、幾つもの書き込み入った本展企画書のコピー、カタログの校正紙など。
事典を模したようなカタログをはじめ、チラシ(上の画)などのフライヤーのグラフィックデザインはneucitoraが担当。前売り券もそうだったが、ホンモノの事典の類いの装幀と同様、薄くとも裏写りせず、軽くて1枚1枚繰りやすい特殊紙を使っている。
会場は数カ所にある柱をうまく隠しながら壁をたてこみ、迷路に近い順路となっている。同館公式facebookの表現をそのまま借りると、"美術館をテーマにした巨大な事典の中を歩くような"感じ。ぶ厚い辞典の小口のように、壁の端部を斜めにカットしたことで、壁の圧迫感を和らげている。
もうひとつ、視覚効果をあげているのが、場内計3カ所に開けられた"窓"。上の画は場内[E]の展示空間から、先ほど通ってきた[A]の空間の向こう、会場入口と1階ロビーの眺め(1枚めの画像・左端の奥に小さく映っている)
反対に、[A]から[E]の展示、さらに奥へと続く会場の眺め。
 

本展における[E]はEarthquake(地震)の頭文字を指し、[建築]と[地震]を仕切る壁に開いた窓から双方を眺められる、という構成になっている(上と下の画で視認できる写真作品は、共に米田知子氏によるCプリントで、《教室 I ―遺体仮安置所をへて、震災資料室として使われていた》と《川―両サイドに仮設住宅跡地、中央奥に震災復興住宅をのぞむ》)
本展企画段階では、美術品および美術館に敵対する存在としてEnemyというキーワードもあがったが、最も恐ろしいものは地震であるとした。[E]の部屋には、関東大震災後の東京を描いた風景画や、現代の免震台も鎮座している(日本における揺れに対する危機管理意識は、海外では共有されないこともあるらしい)。ベンチの上に並べられているのは、阪神・淡路大震災および東日本大震災において、被災地の美術館が受けた被害の報告書。この日のギャラリートークの解説を務めた2氏は、4年前の「文化財レスキュー」に参加した経験をもつ。
[B,C,D]の展示空間に開いた窓から、[F,G]側の眺め。反対からの眺めが下の画。
Frame(額 / 枠)の数々をみせた展示とシンクロしている。ちなみに壁に取り付けられた額は大中小3点で、いちばん小さな正方形の額が、前述の壁開口を縁取っている。上の画では、[C]の展示空間を歩いている来場者の頭部と、さらにその奥の壁に掛かったConservation(保存修復)の解説板が視認できる。まるで"だまし絵"のよう。窓開口を効果的にとりいれた、トラフによる会場構成は、コンセプトや規模は違えど他所(ジオ・ポンティの世界展@INAXやきものミュージアム)でも実績アリ。
収蔵品や貸し出された作品をGuard(保護/警備)するのも美術館の大切な仕事のひとつ。上の画は国立西洋美術館の備品(そういえば昔、目にしたことがあるような)。作品画面と額の間にアクリルあるいはガラスを差し挟むことを指定し、自作と鑑賞者の間に距離をおくことを常に希望したという、フランシス・ベーコン(Francis Bacon)の作品《スフィンクス―ミュリエル・ベルチャーの肖像》の前に、この"ガード"をあえて設置した。
展示手法として、額装作品を壁に掛けたり、立体作品を床に据え置くだけでなく、作家からの指示書や過去の展示例に基づき、布の作品を壁から下げたり、天井から吊り金具で固定=Hanging することもある。
美術館の”裏側”を垣間見せてくれる本展。[H]の展示空間がどのように出来たかがわかる映像も用意されている。木工の大きなパネルが建て込まれ、境目がパテで平滑に埋められ、床に掃除機もかけられたところに、梱包された作品が搬入され、ライティング調整とキャプション貼りが終わるまでを撮影・編集した「設営・展示記録映像」、これがたいそう面白い(過日に此処で観た企画展「高松次郎ミステリーズ」とは会場が一変しているけれども、この壁はどうやって? そして木と鉄と塩とプラスチックでできた、ミロスワフ・バウカの作品をどう設営したのかという素朴な疑問に答えてくれた)
並列してループ上映されているのは、MOMAT全館をつかって2012年に撮影された田中功起作品《一つのプロジェクト、七つの箱と行為、美術館にてのための指示書》。
黄色とピンクの蛍光灯による、ダン・フレイヴィン(Dan Flavin)の作品《無題(親愛なるマーゴ)》が放つ光が遠目にも強烈な、L=Light(光/照明)の展示空間。印象派を代表するモネ(Claude Monet)やルノワール(Pierre-Auguste Renoir)の絵画作品の間、白いクロスが貼られた壁面に、ハロゲンで四角いスポットを照射している。
5館から集められたNaked/Nude(裸体/ヌード)作品で構成された一角。通常であれば、クールベ(Gustave Courbet)、ピカソ(Pablo Picasso)、梅原龍三郎、萬鉄五郎といった内外の作家が描いた"裸婦画"がこのような配置で並ぶことはまずナイ。本展ならでは。
なお、E,Nに該当する作品の一部で、会期中盤で展示替えが予定されている。
アートにおけるオリジナル性:Originalとは何か?を問いかける展示。
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の《泉》を含む4つのレディ・メイド作品の両側の壁に、須田国太郎の模写、マルセル・ブロータース作品「署名、シリーズ I」が。向かいにはアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)のシルクスクリーン作品が掛けられている。
[P]の展示空間の壁に開いた窓から見える、地震がもたらす破壊力について改めて考えさせられる部屋。向かいの壁に掲げられたモノクロの写真作品(ゼラチン・シルバー・プリント)は、宮本隆司氏のシリーズ「神戸 1995」からの4点。

かつては全て梅原龍三郎の手元にあったが、今は3館バラバラに寄贈されている梅原の自作、所蔵絵画、私蔵の骨董品。本展を機にひとつの空間にまとめてみることで、作品館の関連性が浮かび上がるProvenance(来歴)の展示を見終えると、会場出口に向かって奥に長い空間に出る。展示もラストスパート、R,S,T,W,X...と続く。
[S]の展示空間では、通常は限られた関係者しか入室を許されず、美術館のどこにあるかもヒミツな部屋の内部をチラリと見ることができる。
両の壁の大判モノクロパネルに写っているのは、MOMAT、京都国立近代美術館、国立国際美術館、国立西洋美術館の4館が所蔵している藤田嗣治の絵画作品が、各館の収蔵庫(Storage)でどういう状態で管理されているかを、まわりの絵画も含めて、実寸サイズで再現したもの。保管のしかたは館によってそれぞれで、長年の慣習が見てとれるとのこと。
[S]以外にも、場内各所に配されたベンチを利用して、項目に準じた関連書籍や資料が閲覧できるようになっている。
展示の最後は[Z]。片側の壁にひとかたまりに寄せられているのは、この会場まで作品を安全・無事に運んできたクレートと呼ばれる梱包類。檻のような木箱だったり、ダンボールだったり、側面に大きく"取扱注意"と書かれた木箱も。搬入業者や関係者以外、通常は目に触れることはない。対面の壁には、先月終了した「片岡球子展」で使われていた展示備品の一部があえて残されている。
この[Zero]という分類と展示には、作品が巣立っていった跡・抜け殻という意を込めている。本展が終われば、再びこのハコに梱包されて、所蔵館に戻ってゆく。
美術館に関連したキーワードを通じて、作品の魅力をも新たに抽出しようとする合同企画展「これからの美術館事典」。規定に則れば、2作品を除き撮影でき、SNSやブログ掲出も許されている。
なお、36のインデックスのひとつ[J]はジャーナリズムの項であり、場内に用意されているが今は未だカラのファイルには、"これから"ネット上に出る来場者のツイートや感想・批評の類いを抽出し、出力して分類、保管され、閲覧の対象とする予定。

会期は9月13日まで。日曜休館(7月20日は開館し、翌21日休館)。開館時間は10-17時だが、金曜のみ20時まで(入館は閉館30分前まで)

東京国立近代美術館
www.momat.go.jp/



+飲食のメモ。
館内にはレストラン「L’ART ET MIKUNI(ラー・エ・ミクニ)」があるが、軽くお茶でもという雰囲気と価格設定ではナイのが玉に瑕。
開拓中の《パレスサイドビル》の地下1階「the 3rd Burger」で休憩しようと思ったら、なんと15日で閉店していた。情報過多状態の脳はあくまで甘味を求め、平日21時まで営業の「スターバックスコーヒー 竹橋パレスサイドビル店」に入店。
ストロベリー クリーム フラペチーノ®」Tallサイズ、消費税込み594円ナリ。
生クリームがモリモリと盛られた時は内心で「うひょ」と思ったが、見た目ほど甘くなく、ほどよく糖分補給出来(公式サイトに"ご要望があればショートサイズでもお作りできます"とあるので、次回試してみよう)。ごちそうさまでした。