「杉本博司 趣味と芸術 − 味占郷/今昔三部作」@千葉市美術館

千葉市美術館で23日まで開催されている、同館20周年記念展「杉本博司 趣味と芸術-味占郷/今昔三部作」を観に行く。
大きく8つの展示室からなる会場は2フロアに分かれ、受付カウンターがある8階が、《海景》、《劇場》、《ジオラマ》の写真シリーズによる「杉本博司 今昔三部作」、7階が作家の審美眼による床飾り(とこかざり)などを堪能できる「杉本博司 趣味と芸術ー味占郷」の展示となっている。なお、場内は規定内での撮影可、SNS掲出も可。本稿は公式サイトの記述、19日に開催された市民美術講座、フライヤー各種、出展リストの情報に拠る。

千葉市美術館は、現代美術と日本の近世絵画・版画の収集と展示を活動の柱としている。杉本氏は、19年前の1996年1-2月に開催された同館開館記念展第二弾「Tranquility ー静謐」の招待作家のひとり。出展された《海景》はそのまま同館に収蔵されているが、本展でみられる大判ではない。今回の16点のゼラチン・シルバー・プリントは全て、119.4×149.2cmという大判サイズ。ニューヨークにある杉本氏のスタジオから貸し出された。
1980年から90年代にかけて撮影された《海景》のモノクロ写真5点が並ぶ展示室1。会場構成にも注力することで知られる杉本氏(参考:10+1web 青木淳氏との対談/2005年9月収録)は、本展のために曲面の壁をたてこみ、水平線が一直線になるように作品を配置した。 グレーの額は鉛製。
上の画・右から、「カリブ海、ジャマイカ」(1980, Neg.301)、「日本海、隠岐」(1987, Neg.310)、「ボーデン湖、ユトビル」(1993, Neg.389)
90年代以降、湖や夜の海も《海景》シリーズに加わっている。下の画・右側の作品は、水面と空が共に白い世界の「スペリオル湖、カスケード川」(1995, Neg.570)。左の奥:《劇場》シリーズ「アバロン・シアター、カタリーナ島」(1993, Neg.251)
3つの写真シリーズが制作された初期の作品から、近年の発表、または最新作が一堂に会する展示構成。本展のタイトル「今昔三部作」の由来でもある。《海景》、《劇場》、《ジオラマ》三部作の展示は、国内では2005年に森美術館で開催された「杉本博司 時間の終わり」以来、大規模個展は原美術館「杉本博司 ハダカから被服へ」以来3年振り(千葉市美術館プレスリリース.PDFより)。大判プリントだけの「三部作」展は、今回が初(千葉市美術館発行『C'n』ニュースNo.76より)
展示室2:《劇場》シリーズの最新作「テアトロ・デイ・ロッツィ、シエナ」(2014, Neg.30.004)は本邦初公開。市民美術講座に登壇した学芸員の指摘に拠れば、天井高のあるボックス型の劇場をとらえたためか、出展中の同シリーズ7点では唯一の縦版形。
1975年に始まった杉本氏の《劇場》シリーズは、1920-30年代にアメリカ各地に建てられた映画館の場内を撮影したもの(近年はドライブインシアターやオペラハウスも撮影対象に)。映画を1本、無人の場内に流す間ずっと露光し、スクリーンからの光だけで、今日のセンスではキッチュ感を拭えないホール内の細部の意匠、おそらく目には見えてこないことまで、8×10のモノクロフィルムに焼き付ける。
本展における《劇場》シリーズのライティングは、まるで撮影に立ち会っているかのような臨場感を覚える。3本のスポットライトは全て四角くマスキングされたもので、うち1本は各"劇場"スクリーンのサイズに合わせてピンポイントであてられている(と、帰路のメール往還でS氏にも教わる)
杉本氏の《劇場》シリーズのゼラチン・シルバー・プリント作品は、DIC川村記念美術館で2013年に開催された企画展「BLACKS ルイーズ・ニーヴェルスン | アド・ラインハート | 杉本博司」でも同館所蔵作品を観たが、例えば51×61cmという本展の半分に満たないサイズ。ライティングも本展とは違った筈で、作品から発せられる迫力がまるで違う。

市民美術講座聴講メモ:杉本氏が使う8×10カメラのフィルムは一般的な35mmフィルムに比べて格段に大きく、引き伸ばしても粒子が荒れない代わりに、現像ムラが生じやすいという難点があり、特に《海景》シリーズでは顕著に出やすかった。この技術的問題を杉本氏が解決する以前のプリント作品はサイズが小さく、前述・千葉市美術館蔵の《海景》も大判ではない。また、杉本作品は年を経るごとに高騰し、写真のジャンルとしてはかなりの高額に。ゆえに国内所蔵は少ない。リーマン・ショック前までは特に、日本の美術館が容易に手を伸ばせる市場価格ではなかった。
展示室3:《ジオラマ》3点の展示。奥の作品「オリンピック雨林」(2012, Neg.167)は、同シリーズの最新作。植物の生態系ジオラマを撮影したもので、近付いてよく見ると、4枚のパネルを並べて一枚にみせていることが判る。185.4×477.6cmというサイズは、出展作品中で最大(それが為、この作品のみ鉛による額装ではない)

階下の展示「杉本博司 趣味と芸術 −味占郷」は、雑誌『婦人画報(ハースト婦人画報社)で連載中の「謎の割烹 味占郷」の店主である(と明らかになったのは今夏の号のこと)杉本氏による創意工夫のもてなし、主に床飾りを再現したもの(パネルにふられた番号は場内および展示品リストのものと符合)
計26組50名のゲストのなかには、建築家の妹島和世氏(×クリスチャン・マセ駐日仏国大使「近代的 近世のうつわ)、永山祐子氏(×竹ノ内豊「寛永のさざえ」)、グラフィックデザイナーの原研哉氏(×山口智子「表具道楽」)も。
偏屈な店主(杉本氏)の口上によれば、気が向いた時にだけ開店する[味占郷(みせんきょう)]は、100年先まで予約でいっぱい。各回どのようなコンセプトで店主がもてなし、料理と器を用意したか、場内3箇所のパネルで確認できる(例えば、上の画・左は、終戦の日に因んだ「つわものどもが夢のあと」で供された「鉄兜すいとん」、右は中秋の名月とかけた「ゆで玉子」など)。これらの説明を頭に入れたうえで場内を巡った方が倍、楽しめる。
展示室5の奥に展示された作品は、野村萬斎×裕基親子を招いての「立居振舞」で用意された、プラチナ・パラディウム・プリントによる二曲一双屏風「月下紅白梅図」。 昨年、熱海のMOA美術館で開催された、尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」で実物展示されたものだ。
左隻の手前に、梅の花と花びらが。実物ではなく、須田悦弘氏による木彫彩色作品「梅」(2014)。氏はそのほかの床飾りでも"友情出演"を果たしている(杉本氏が撮影した本展フライヤーのビジュアル:「阿古陀形兜」から"生えて"いる「夏草」も同氏の木彫彩色作品)
上の画は「秘事の茶事」(中谷美紀×千 宗屋)での床飾り。堀口捨己の短歌の紙本墨書の軸(個人蔵)に、置物は14世紀初期にイタリアはトスカーナ地方で出土したキリスト胸像小田原文化財団蔵)。洋の東西、古今を問わない構成の妙が続く。
展示室5-No.8「東西東西」(ゲスト:豊竹咲甫大夫×増田いずみ)の床飾りの一部。室町時代の根来経箱に、古墳時代の古代ガラス玉が収められた「瑠璃の浄土」小田原文化財団蔵, 2005)
前述「立居振舞」の回で使われた料理の器は、ルーシー・リーの磁器(上の画、右)
昭和時代の"ノベルティグッズ"「電球形白磁向付」は前述「東西東西」にて、妹島氏がゲストの回では尾形乾山の器「色絵椿文花形向付」で料理が饗された。
展示室6にはムラノ硝子の平茶碗4点が並ぶ。
展示室7のフロア中央のしつらえは、法隆寺に伝来する天平時代の「古銅 大升」 に、須田作品の木彫彩色「泰山木:花」という取り合わせ。
ピエール=アレクシィ・デュマ氏を迎えた回では、ゲストがエルメスの青磁器(上の画・手前)を持ち込んだ。大林組会長の大林剛郎氏も同様に「志野風 ぐいのみ」を持参。共に展示中。
展示室7-No.13「ささやかな音色」のゲストはバイオリニストとピアニストで、中秋の名月に因んだ2点での床飾り。パリ天文台が1902年11月13日に撮影した"蒸気の海"の月面写真を表装した軸物(小田原文化財団蔵)
展示室7-No.14「文人墨客」(森 佳子×大林剛郎)の置物。平安時代の大経筒(益田鈍翁旧蔵、現・個人蔵)に、須田作品の「朝顔」(2002, 千葉市美術館蔵)
置物のひとつとして、杉本博司作品「海景五輪塔」が2点出展されている。こちらは前述・原研哉氏がゲストの回の置物で、南北朝時代の根来方形四足台に、2003年にスペリオル湖イーグル川で撮影された"海景"を、光学硝子製の水輪のなかに封じ込めている(2011/光学硝子:2010, 小田原文化財団蔵)。もうひとつの「海景五輪塔」は展示室8、後述。
前述・デュマ氏を招いた回の床飾り「西方からの遣い物」の軸は、レンブラント・ファン・レインの天使来迎図『羊飼たちへの告知』(エッチング,1634)を、仏教の来迎図に見立てて軸装。置物は江戸時代初期の織部燭台(共に小田原文化財団蔵)
しつらえのバリエーションは幅広い。前述「遠い記憶」では、昭和20年に投下された焼夷弾を花入れにして、須田氏の木彫彩色作品「屁糞蔓 掃溜菊」を差した置物。軸は南北朝時代の紙本墨書。
展示室8全景。右手前はロンドンギャラリー蔵の「色絵もみじ文鉢」(ロバート・キャンベル氏×束芋氏を招いた回「本家取り」における器。料理は中秋の名月に因んだ月見うどん)
展示室8-No.22「海賊の皿」の床飾り再現。「平家納経」の軸に、前述と同様の「海景五輪塔」の置物(バルト海リューゲン,2011/光学硝子:2011,白黒フィルム:1996)
映画「硫黄島からの手紙」に出演した中村獅童氏とその妻を招いた回では、彼の地で戦死した栗林司令官がその手に触れたかもしれない「硫黄島地図保管用鞄」を置物に、中に入っていた地図を表装した軸(展示室8-No.24「時代という嵐」)
前述「本歌取り」のしつらえ。鎌倉時代の古今和歌書(大江千里 つき見れば)の軸と、置物はマンハッタン計画硝子玉(1942年)
マンハッタン計画は判るとして、ガラス玉って? という疑問をネット上で検索したところ、アートニュースサイト[bitecho]の記事が答えてくれた。[Internet Museum]の会場レポートも例によって動画付きで詳しい。 
最後のしつらえ(展示室8-No.26)は、吉村作治氏と木村佳乃氏を招いた「文明の終わり」。軸は紀元前1400年頃の『死者の書』断片の表装、置物は紀元前664-342年「青銅製猫の棺」(共に小田原文化財団蔵)。 
なお、連載「謎の割烹 味占郷」は、本展でもみられる11篇が書籍『趣味と芸術 謎の割烹 味占郷』としてまとめられ、ハースト婦人画報社から今年10月に刊行されている。

千葉市美術館開館20周年記念展「杉本博司 趣味と芸術-味占郷/今昔三部作」の会期は12月23日まで(休館日:11月2日、12月7日)。開館は10-18時(金・土曜は20時まで、入場受付は閉館の30分前まで)

千葉市美術館
www.ccma-net.jp/



会場の《千葉市美術館》は、千葉市中央区役所との複合施設として建てられたもので、設計は大谷幸夫(1924-2013)が率いた(株)大谷研究室、施工は清水建設実績紹介アーカイブより)。美術館がオープンしたのは1995年だが、竣工は1994年。
11階まであるこの建物の最大の特徴は、1-2階部分に、1927年(昭和2)に建てられた《旧川崎銀行千葉支店》を内包していること(上の画、左奥に花崗岩の外壁と円柱をもつ建物の一角が写っている)
実例は平泉の国宝《中尊寺金色堂》でもみられるが、古来からある建物の保存工法で、鞘堂(さやどう)または覆堂(ふくどう)、覆屋(おおいや)などという。現在はズバリなネーミングの「さや堂ホール」として、展覧会やコンサートなどの会場として有料で貸し出されている(この日は「黒展」を開催中)
各所見どころ満載。建物の歴史、内外観の様式については、「さや堂ホール」のページに解説あり。
館内1階に置かれていた《千葉市美術館・中央区役所》の模型。




+飲食のメモ。
館内11階にある[レストランかぼちゃわいん] で先ずはランチ(11-15時)
魚、肉、パスタ、カレーなど6種類あるランチメニューのなかから、最もお安い930円(消費税込み)のEランチをオーダー。ランチ時のドリンクセットは別途310円となる。
失礼ながら、このテのメニューでよくあるインスタントっぽい温野菜系のカップスープではなく、ちゃんとコーンクリームがセットで付いてくる。おおお。
本日のEランチ「鶏肉の小悪魔焼き」、豆板醤風味に合うライスとのセット。白いご飯がススム進む。 美味しゅうございました。ごちそうさまでした。
北を向いたカウンター席からの眺望。右手・北北東方面には筑波山がみえた。
下の画は14時からの学芸員トーク聴講後。西に面したカウンター席にて。逆光の先に遠く富士山、閲覧用雑誌も眺めながらの休憩(なお、カフェの営業は17時まで。金・土曜のみ以降、20時までディナータイム。両日以外は10名以上での予約営業となる)
本日のケーキセット:「塩クリームチーズケーキ」にコーヒー(または紅茶のセット)で消費税込み720円。一口食べると、食道下の胃袋ではなく、観賞+聴講で疲弊した脳にダイレクトに糖分が上がり、染み渡った。
美味しゅうございました。ごちそうさまでした。

かぼちゃわいん 美術館店
www.ccma-net.jp/facilities_04.html
www.kabocha-wine.com/bjtkan.html