廣部剛司建築研究所オープンハウス《Gray ravine》

廣部剛司建築研究所が設計した住宅《Gray ravine(グレー・ラヴィーン)》を過日に見学。

所在地:東京都内
木造 地上2階建て
敷地面積:79.40平米(24坪)
建築面積:47.15平米(14.3坪)
延床面積:87.46平米(26.5坪)
構造設計:エスフォルム/大内 彰
施工:山菱工務店

道路に接した西側の外観。傾斜屋根の低いほうが北側。両サイドの南北の壁にみられる窓も小さいサイズで、ベランダもない。都内の住宅密集地という立地で閉じた住まいのようにも見えるが、内部は予想以上に広く、明るかった。
外部のアプローチから、300角のグレーのタイルが貼られ、ドアを開けたところで靴を脱ぎ履きする空間の境い目としての僅かに段差はあるものの、タイル土間がそのまま真っすぐ内部空間に連続し、広がりをみせる。
蹴込み板なしの階段は、廣部氏がこの空間にあわせてデザインしたもの。玄関から奥にある中庭(坪庭)までの見通しを妨げず、光と風を通し、壁面に美しい影も落とす。上の写真は12月上旬の14時頃。直射ではなく、南東の角に設けられた中庭の壁をバウンドした光が入ってくる。
この吹き抜け空間が作品名の由来となっているのだが、仔細は後述。
内部の壁は珪藻土吹き付けによるもので、色は明るいグレー。外壁のアクリル樹脂塗装に比べて一段明るいグレーの色調となっている。

玄関の段差前で靴を脱ぎ、数歩進むと、向かって左側、ゆるやかなカーブを描いた壁の向こうに、床レベルを360ミリ下げたリビング・ダイニングの空間が見えてくる。
例えば宅配業者の訪問を受けたとき、玄関先で応対する相手には、リビング・ダイニング、キッチンが並んだ右側のプライベート空間までは見えない。ほんの数歩の距離で変わってくる視界、見え方について、廣部氏はかなり考え抜いて設計したとのこと。
袖壁の向こう側がキッチン。ウォーターサーバーを設置する部分だけは目隠しとして変形させ、頭上部分は半円状にくり抜いてダイニングとの"境"とした。
キッチンは米びつの引き出しも備えた造作。ゆえに換気フードの出っ張りもなく、フラットな仕上がり。
LDK空間の隅に設置された空調機は、ガラリ付きのボックスに格納(各居室共通で見られたデザイン)。横に延長させた下端の板は飾り棚に。
ダイニングとリビングそれぞれにはアクアレイヤー式床暖房を敷設してある。その下、ベタうちの基礎は多角形状だが、段差部分の曲線はスチールで仕上げた。床レベルを下げたのは、厳しい北側斜線のもとで階高を確保するためだが、縁側のような、また床の上に座れば机にもなる、住まい手の自由度に任された空間となった。
LDK側の壁の片側は、階段室の床面とほぼ同じ高さで横長のベンチが造作されている。上の画の右側・リビング側のベンチはテレビ台として、階段室との昇降を助けるステップの対面のベンチは、これから置かれるダイニングテーブルの椅子も兼ねる。ベンチの足下は収納スペースで、テレビ配線などをスッキリと格納。開閉扉の面材はオーディオスピーカーで使われている黒いネット素材。内覧会時には、廣部氏が持ち込んだスピーカー付きiPodがこの中に据え置かれ、廣部氏選曲によるジャズが流れていた。
キッチン寄りのベンチに腰掛けて、階段室および中庭の眺め(時間帯は14時前)。座る位置を左側にずらすと、坪庭と階段室との境にある黒い窓フレームが手前の壁に隠れる。外(坪庭)と内(階段室)の境が消えて、まるでひとつながりの空間のように見える。内外の壁の塗料はアクリル樹脂と珪藻土と異なるが、中庭の壁は同じグレーに見えるよう、色調をあわせている。
FIXガラスが嵌ったフレーム越しに、中庭(坪庭)の眺め。植えられたばかりのヤマボウシの向こうにたつ壁は、この家の南側の外壁にあたる。中庭は雨風が入るため、内部に湿気がこもって植物の生長を妨げないよう、東南の一角にサッシ窓が設けられている。格子扉を1枚介して設けられたこの窓は、網入りガラスの防火仕様で、敷地の防火および耐火基準をクリアしている。これにより、中庭に接したガラス窓の網入りが不要となり、クリアーな視界を実現させた。下の写真(浴室からの中庭、ヤマボウシの見上げ)も同様の意匠を示す。
冬の晴天下、13時頃の見上げ。青空が四角く切りとられた。住まい手は今後、都内でこのような"湯悦"を満喫する。
浴室、トイレ、洗面は1室空間。1階の床は全て濃いグレーの300角タイルで統一。
浴室側からの眺め。向かって右側の壁を挟んで階段室(グレーの峡谷)がある。
さて、作品名の《Gray ravine》について。会場で配布されたテキストのなかで廣部氏は、アメリカはコロラド州にある峡谷「メサ・ヴァーデ」を訪れたときの回想からスタートして、以下のように述べている。

(略)
この住宅に設けられた坪庭とそれに続く階段室は、厳しい敷地条件の中で地球からの情報を受け取るために試行錯誤の末、導き出したもの。ギリギリの寸法関係を調整するためにも有効であった曲面壁が外部からの光をバウンドさせ、グレーの壁面に反射されながら柔らかく落ちてくる。東西に抜けてつくられた階段室は、日の出から日没まで、太陽の動きを敏感に映してくれる。その空間に、各居室が「外部に開くように」面している。その構成を考えていたとき、脳裏に浮かんでいたのが「メサ・ヴェーデ」だった。だからグレーの峡谷という意味の「Gray ravine(グレー・ラヴィーン)」と名付けることにした。 (略)

階段下からの見上げ。天井部にはファンを設置。向かって右側、LDK側の壁がカーブを描いているのがよくわかる。階段を上がった突き当たりの空間は納戸だが、家事室としても使う予定で、北欧製のペンダント照明が取り付けられる。
階段を上がって左側の書庫・書斎。中庭に向いて造作デスクが備え付けられている。施主夫妻は蔵書が多く、要望のひとつであった。
天井のグレイチング越しに、ロフトの左右にも設けられた書棚が見える。廣部氏オリジナルデザインのハシゴは、足の運びのコツさえつかめば昇りやすい。
書庫・書斎のロフト。南面の小窓から差し込む光がスポットライトのよう。この小窓はロフトの反対側にもアリ。
ロフト内、西側からの見返り。"Gray ravine"(階段室)に面した開口部がみえる。
ロフトの開口部から、階下の見下ろし。
書庫・書斎の隣はトイレルーム。この1室と、後述する主寝室のみ、全体にモノトーンな内部空間の色調に対して、アクセントとなる色が加味されている。
北西の角の子ども部屋は、いずれは分割して二人で使うことを想定。
子ども部屋の奥から、東側の眺め(この曲面形状の壁が、1階・2階の空間に奥行きと広がりを与えている)。カーブを描いた低い書棚が続く奥の部屋が主寝室。向かって左側の手前にあるクローゼットとの間仕切り上部は、屋根の勾配に準じた三角形のFIXガラスが嵌っており、空間双方の光を透過させる。
2階 主寝室。1面だけ壁の色はパープル。陽だまり付近に取り付けられているのは、遠目にはシャワー設備のように錯覚したが、施主が持ち込んだアンティークの照明スタンド。
主審室の窓を開けての階下・中庭の見下ろし。浴室のバスタブが視認できる。
主審室の間仕切り引き戸は、本棚の間にあけられた細い隙間を利用して開閉。
主寝室と子ども部屋の間にあるクローゼットの奥からの眺め。本棚上の開口を通して、階段室、さらに向こう側の書庫・書斎の棚までが見通せる。
クローゼット前の室内開口部からの階段室、書庫・書斎側の見上げ。天井にファンが付いているが、まるで異国の街中に居るかのような錯覚を覚えないでもない。

「温熱環境にも気を配って設計していますが、例えばルイス・バラガンの建築のように、外からは"平凡"そうに見えても、内部に入れば豊かな空間が広がっている、そんな意外性をもった住宅にしたいと考えました」(廣部氏談)

敷地面積24坪というのは、廣部剛司建築研究所がこれまで手掛けてきた住宅作品のなかでも規模の小さい部類に属する。しかしながら、狭さを感じさせず、冬でも明るく、暖かな住まいであった。これが建築家によるデザインの力、建築の魅力なのだと思う。