料亭に宿る日本の美意識を体験する@赤坂 菊乃井

料亭に宿る日本の美意識を体験する 赤坂 菊乃井」に参加。店側の解説付きで日本料理のフルコースを堪能する。
パリのギメ東洋美術館で2013年に開催された『L'art de Rosanjin「魯山人の美」』の流れをくむ特別ワークショップ プログラムで、6月26日まで日本橋室町界隈で開催中の「魯山人の食卓〜La Table de Rosanjin〜」の番外編的なイベントでもある。

12年前に《赤坂 菊乃井》がオープンする前は駐車場だったという旗竿敷地。何十年も前からこの地にあったかのような夕方の佇まい。アプローチの敷石は、手前・道路側の方が大きく、かつまた奥の方が道幅が細くなっていると後で教わる。
打ち水が済んで適度に湿った石畳を踏み進み、遠近法の視覚的効果で演出されたアプローチの突き当たりを右折すると店舗が現れる。
建物、敷石、植栽の竹も、材は全て京都から運び入れたというから驚きだ。敷石は1978年に廃線になった京都市電の路面で使われていたもの(有名な石塀小路もそうらしい / 参照元:Kyoto Townmap、竹は藪に自生している土を1m掘った赤土ごと。関東ローム層の黒土では京都の竹は育たないのだとか。この日は庭まで拝見できなかったが、大工も庭師も京都から呼び寄せている。店としてはあくまで"ごく当たり前"の体なるも、感嘆するより他ないこだわりが、この後、随所で見られる。きっと見逃したことも数多い。
ついつい建築意匠に目が奪われるが、菊乃井を名店たらしめているのは、客のもてなし方だろう。なにしろ店舗の数メートル手前で入り口の戸が静かに開き、迎え入れられた。
三和土の通路を奥へ、仲居さんの案内で2階の座敷にあがる。
施工は京都の中村外二工務店。
小上がりの仕上げはクリの木を手斧(ちょうな)で削った名栗仕上げ。座敷へと続く廊下から畳敷きとなる。もちろん京畳、襖や障子の桟の太さに至るまで全て京都の規格。聚楽土の左官仕上げの実例を初めて目にする。
上の画の左側、通常は短い廊下を挟んで左が「行」、右が「草」とそれぞれ別々の座敷を、今回のイベントでは襖を取り払い、ぶち抜きで広々と使用。
「草」の座敷。床柱がない。
料理が出される前に、床の間飾りなどの解説を、菊乃井三代目店主村田吉弘氏から受ける。掛物は富岡鉄斎(1836-1924)、床の間の右側に下げられているのは訶梨勒(かりろく)
朝鮮半島から伝来したと思われる訶梨勒(かりろく)つながりで、花器は高麗渡来、花台は江戸期に「まな板」として使われていたと推定される。板の両面に刃跡があるため。
茶事でこれが用意されていた場合には「けっこうなカリロクを掛けていただいて」などと亭主に申し添えるのがマナーらしい。
反対側の「行」の座敷の床の間。把手付きの花器は江戸初期の古伊賀。軸は向かいあわせる形で同じ鉄斎の画。
村井氏の解説が"立て板に水"で、このあたりの意匠はメモを取りきれず。
磨きと絞りの中間くらいの丸太の床柱、障子の腰板の竹細工、明かり欄間、床框や襖の引手などに見られる「行」の意匠は、この後に見学できた「真」の座敷とは明らかに差異があった。
襖の上張りは白の和紙の上から露芝文様を白で箔押し。触れると表面に凹凸がある。引手の材は柿の木。
対して、廊下および「真」の座敷の把手は金物。
「真」の空間は、襖の上張りが露芝から押し桐へと格式が上がる。
床柱も面取りされた角柱に。床框も丸くない。軸は曾我蕭白の布袋図。
水鏡のごときテーブル。参加者に説明中の村井店主が写り込んでいる。
国宝の茶室《如庵》の写しでもある一室。炉を切ろうとした際の役所との折衝(現代の消防法との折り合い)エピソードが面白かった。
これらのしつらえは全て、店主である村田吉弘氏によるもの。献立、料理を盛る器も同様に、トータルで客に供される。




黒漆の脚付き膳は、100年前ほど前に作られた脚付き膳と、その下にあつらえた台を据え、低い椅子と合わせて使えるように高さを調整している。間の空間も実用的。
食前酒の盃は飲み干すまでは付せられない形状。絵柄は時節の蛇の目傘。
膳の表の絵柄は蒔絵の研ぎ出しで、手びねりの湯呑みの下に菊の文様が入っている。かつて加賀にあった料亭が、明治天皇行幸の際に新調したもので、市場に出た20脚を菊乃井が入手、座敷の最大席数に合わせた数にしようとプラス5脚の新調を試みたが、現代では費用と技の両面から同等の再現が難しく、やむなく断念したという。
本日の献立は初夏のメニュー。 以下、料理の画は抜粋にて略(世の食べログなどに出ている写真の方が数倍美味しそうに撮れているので)
猪口。ガラスの器はイタリア・ムラーノ製。グリーンのスプーンはスガハラガラスの特注品。
一皿目から素晴らしく美味しゅうございました。
八寸は蛍籠で蓋をしての配膳。「店の路地に生えとった草」でも、有る無しでは大違いのビジュアル。
菊乃井では「向付」を2回に分けて出し、白身と赤身はひとつ皿に盛らない。 鯛は今朝、明石の海で漁れたもの。やや肉厚の1切れだが、1口サイズとして適量と考える15gは、奇しくもゴディバのチョコと同じだという。
今まで食べてきたのと全く"別物"の「鱧」。包丁細工と切り子細工のコラボ。
京都本店の井戸から汲み上げる水を含めて、食材はほぼ全てが西の産。陸路と空路で運び込むため、空港でトラブルがあると入荷に影響が及ぶ。
煮物の椀は金属製に見えるが、持ってびっくり、木の器である。
菊乃井では既製の食器を使わず、全て三代目店主の村田氏が意匠を考えてのオーダーメード。前述の蛍籠のように繊細な形状もあるため、器の収納だけで3階の2室が埋まっている状態(京都の本店に至っては5室が収納庫に)。こだわりの器は年々増える一方。
口直しに出た小さな蓋つき碗の場合、先に入手した銀の茶托の底の形にあわせて器を焼いた。
食材ひとつひとつ、さらには魚のさばき方、懐石で使われる利休箸の成り立ち、それらを包括する日本文化にまで、村田氏のレクチャーは末広がりに。ちなみに菊乃井の先祖は、太閤秀吉没後に大阪城を出た北政所に随行して京都高台寺に移った茶坊主で、明治維新で徳川家の庇護がなくなり、吉弘氏の祖父が料亭を始めた。屋号の由来は代々、守ってきた高台寺領内の井戸が"菊の花のように湧き出た"ことから(「世が世なら私らは茶坊主ですわ、などと随所で笑わせる店主は、本日中に京都に戻る所用があるため、コース半ばで退室。渉外料理長の林氏にバトンタッチ)
「鮎は内臓を食べる川魚です。焼いている間に下に降りて沸騰した脂が詰まった頭、内臓と身、干物のようになった尻尾、この3か所を一口ずつ3口で丸ごと食べてください」(店主の談)
コースも中盤、3種類めの日本酒が冷酒で追加される(この日は白鶴酒造の後援あり)
冷し鉢:焼いた万願寺唐辛子の上に針柚子。
中猪口に添えられた青々としたモミジにはしっとりと露が。
強肴:この日、2回めの明石の鯛は打ち出しの一人用鍋で。
菊乃井の器は全て特注品と述べたが、3店舗で使うため、一度にまとまったロッドで発注される。現代において、それが日本のものづくりを支えている一面がある。料亭とは、あらゆる意味で、日本の文化を守っている最後の牙城といえる。
鯛のシメ方ひとつ、厨房では全て口伝で受け継がれるしきたり。日本の和食は2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されたが、その実態は、後継者不足に喘ぐ"絶滅危惧種"。いかに伝統の技をマニュアル化し、伝承していくかが切実かつ早急の課題。村田氏を中心とするNPO日本料理アカデミーでの試みなど、前向きな施策案の数々を聞きながら、今日の献立もいよいよ留椀に。
直前にメニュー変更となった炊き込み御飯。合わせる汁物として、菊乃井では味噌汁ではなく旬の野菜のすり流しを出す。新玉ねぎのすり流しが絶品! 漬け物一切れまで全てが美味なり。
漬け物の絵皿も骨董であろう。いつ、どこで、誰が作り、誰が使っていたのか。
「料亭である前に飯屋である」という店主のポリシーのもと、最後のデザートも含めて盛りが多いのが菊乃井の特徴(京都の料亭各店には、魚のさばき方ひとつにしてもそれぞれのやり方があり、盛り付けも、見る人が見れば「どこそこの店」と判るそうな)
いつの間にここに置かれたのかサッパリ気づかなかったつまようじ。仲居さん、おそるべし。
さりげなくも絶妙のタイミングで、お茶も何度か換えていただきました。

「料亭に宿る日本の美意識を体験する」という今回のお題。日本の美は食膳の上のみならず、料亭という空間の随所に凝縮されている。
例えば、座敷を出て、小上がりの向こうにあるお手洗いを使おうとした場合。廊下から小上がりに降りれば、柔らかい畳から表面に凹凸がある名栗の板の間に移動したと、足の裏が感じ取る。さらに引き戸を開けると板の間の小部屋があり、その奥に男女の手洗い所があるのだが、木によって差がある熱伝導性も考慮して材を選んで変えている。ほろ酔いの客に対して、足の裏から空間認知を促すという実にさりげない仕掛け。
店主村田氏の言では、冬場の京都の寺が寒いのは、板の間が木材でも熱伝統が高いけやきだから。修行する場には"緊張感"が必要に。
宴が終わり、男性客のために揃えられた革靴。左右の靴の間に若干の隙間が開けられている。履きやすさを考慮した意図的な配置と思われる。傍らには靴べらを手にした仲居さんが控えている。
1、2階の床の仕上げは小石まじりの三和土(たたき)。にじり口を設けた左官壁の向こうに、前述《如庵》の写しの部屋が位置する。さすがに客の出入りには使っていないそうだ。
若い板さんが扉を開けてくれる。名残り惜し哉。
打ち水で光る石畳のアプローチを左折すると、林氏を含む2名が待機しており、恐縮。客が店の外に出た後も、姿が見えなくなるまでお見送り。これが、ミシュラン2つ星★★たるゆえん。
"器は料理の着物"であるとし、日本料理の中に独特の美を凝縮して表現したとされる北大路魯山人。杉本博司氏の展覧会「趣味と芸術 味占郷」を千葉市美で見た際の感動を想起したが、連日連夜実践している店が存在するとは。アメージングな一夜であった。

魯山人の食卓〜La Table de Rosanjin〜
http://lart-de-rosanjin.org/

菊乃井
http://kikunoi.jp