ニコ設計室《田口さんの家》オープンハウス

西久保毅人氏が代表を務めるニコ設計室が手掛けた住宅のオープンハウスを過日に見学。
以下のテキストはオープンハウス開催案内状より。

「暮らしと街の間を大きく包み、つなぎ、誘い込むような大屋根の下に
内外のいろんな居場所を計画しました。


奥様の洋裁のアトリエを併設し、
時にはリビングと中庭が一体となったギャラリーとして
にぎやかに展示会やパーティーができるように......。

また日常の暮らしの中でも、のんびりと街の息吹を感じながら、雨や風や光の変化を
あきずに楽しめるように......。

そんな事を考えて設計をさせて頂きました。」

都心部から電車を乗り継いで1時間強の住宅街にある今回の作品。関越自動車道のICに繋がり、地域の路線バスも走っている道路に面した敷地の面積は約169平米、延床面積は約130平米。周囲に高い建物はなく、のどかな住宅地。セットバックして設けた前庭に、緩やかな勾配の大屋根がおりてくる。
前掲の案内文にもあるように、奥様のためのアトリエ(上の画、右端の一角)と、人を招いて催しを開けるようなギャラリー空間がこの家の核である。
玄関先で受付を済ませる際、家の"表札"が目に留まる。明朝体の名字2文字を鋳鉄製で仕上げ、壁から浮かせて取り付けたもの。制作は西荻窪にある鍛冶屋アトリエベガニコ設計室の他の住宅作品でも郵便ポストやインターホンなどの制作を手掛け、今回の《田口さんの家》でも要所に使われている。
玄関の立派な木戸はアンティーク。デッキの上に並んで置かれた小さな椅子は、施主の奥様が拾ってきた木の枝でこしらえたもの。奥様は古い着物の生地などをアレンジして今風のシャツやワンピースに仕立てる腕前の持ち主(趣味が高じての我流とのことだが、ニコ設計室の現場担当Kさんが身につけていたパッチワークのロングスカートは値札がついて百貨店に陳列されてもおかしくない)
入居は外構工事後だが、内覧会当日は奥様の作品があちらこちらに飾られ、既にギャラリーがオープンしたかのように空間に馴染んでいた。
ギャラリーは吹き抜け空間。外壁と連続した壁はスギの下見貼りに塗装仕上げ。
2階の床を支える大黒柱。もっと径が小さくても構造上はもつのだが、空間に見合ったヒノキの丸太を地元の木材屋から仕入れ、背割りも入れてあらわしとした。
ギャラリー側の壁は優しいピンク色、左官塗りの櫛引き仕上げ。
1階の水まわりは北側一列に集約され、焦げ茶色の床タイルがバスルームまで連続する。
1階トイレルーム。フリーハンドで描いたような大ぶりの花柄の壁紙(英国製の輸入品)。階段下に位置するので、天井付近は収納スペースとなっている。
トイレの手前にある来客用兼の手洗いコーナー。対面にある洗面+バスルームとは引き戸で仕切ることができる。壁に1つだけ取り付けられた小さな裸電球は、ソケットがほとんどないシンプルなもの。
1階キッチン。上下に用意された収納の面材は共にタモ材だが、ウォルナットの床に近い側は濃く、逆に天井側の色は薄い色で塗装している。
ニコ設計室の住宅作品でよくみられるのが、ひとつ屋根の下に豊かな色彩が散りばめられていること。色のみならず、マテリアル、テクスチャーも実に多彩。やもすれば煩くなってしまうのだが、スタッフKさんによれば「さまざまな要素が入り込んでくる場合、色味をできるだけ揃えて統一感を出すよう心掛けています」とのこと。 成る程、玄関側から改めて内部を見ると、キッチン兼ダイニングカウンターを境にした上と下で色の濃淡を変えていることがわかる。ピンク色の左官壁、大黒柱、キッチン上の梁あらわし仕上げ(オイルステイン/OS塗装)の色のトーンは似ているし、土間の床タイル、厨房前の壁モザイクタイル、階段の壁の色にも統一性がみられる。これからは奥様の作品が"差し色"に。
1階にあるアトリエと畳間は後述として、L字階段をあがって2階へ。実に細かいと思うのが、階段の右と左で微妙に異なる壁の色味と仕上げ。上の画、左の外壁側は塗装、右は(画では青系に見えるかもしれないが)こげ茶っぽいクロス。
2階北西側の1室。こちらはゲストルームとして使う予定。木目の表情を活かしたフローリングはスギ板。同じく木目がみえる屋根の野地板はラーチ合板。
ニコ設計室の作品で感心させられるのが、各室で異なる照明の使い方。《田口さんの家》にさがったペンダントは全て、ショップ「Lampada(らんぱだ)」で扱っている照明からセレクトしたもの。
2階ゲストルームのテラスから室内の見返り。北側で短く折れた天井は、天井裏を貼らずに垂木を露出させたダイナミックな空間に。
オレンジ色の壁はポーターズペイントによる塗装仕上げ。テラスから差し込む光が、床、壁、天井にバウンドし、輝くように明るい室内。
空調機が付いてはいるが、高低要所の窓を開け閉めすれば、庭先から自然に空気が吹き抜けて、おそらく夏場でも快適に過ごせるだろう。
寝室。ホールから段差なしで連続し、スギ板+OS塗装の仕上げで寝室らしく落ち着いた雰囲気。壁は藁入り珪藻土。
テラスはアトリエ上の屋根で外部の視線を遮り、面積は小さいながらもコートテラスのようなプライベートな空間と、広い青空を確保。
ニコ設計室として初となる壁の仕上げがこちら。塗装ではなく、阿波和紙を手でちぎって糊で貼ったもの。手作業がそのまま美しいグラデーションとなっている。青の段階が幾つもあるように見えるが、使われているのはたったの2種類!
コーナーと天地の部分に先に役物を貼ってから、内側を貼っていった。「作業は意外に簡単で、施主夫妻も含めた5-6人で午前中から貼り始め、夕方には終わった」とのこと。事務所のブログ「ニコの気づきとカンサツ」に、刷毛で糊を塗りながら施工する様子と、同様の仕上げで1階畳間の壁を飾った和紙(京都の黒谷和紙)の工房を見学した際の様子が描かれている(4月25日、4月7日付け)
寝室からの見下ろし。前述のゲストルームの窓ともども、ガラスが嵌まっていない窓の木枠はアンティーク。

事務所スタッフによるブログ「ニコの単焦点レンズ」の4月21日付けのテキスト「和紙を貼る」によれば、和紙を使うきっかけは他所の物件の施主から出されたアイデアとのこと。壁に近寄ってみない限り、和紙には見えない。
ホールを挟んで、花柄のクロスが貼られたトイレルームが見える。和紙張りの壁と奥の階段の壁の青が対に。
2階のトイレルームの内装は、1階トイレと同様の花柄のクロス(国内メーカーのもの)
そういえば、先月見学した《マシューズさんの家》のトイレも、壁が目が醒めるような赤で、加えて照明も華やかだった。理由をKさんに訊くと、陽と陰で例えると後者のイメージがあるトイレや納戸では「いかにも暗くジメっとした色は避け、逆に明るく華やかな内装を提案している」とのこと。下の一枚は、1階玄関の奥に位置する納戸の出入口の画。 
納戸の中の照明を点けると、アンティークの引き戸に嵌った模様付き不透明ガラスを通して、オレンジの光が淡く洩れた。
2階に戻る。
クローゼットの壁は淡いイエローグリーンで、鴨居がわたされている。ホールとの仕切りは吊り引き戸で、隣接する寝室とホールの仕切りも同様。寝室を閉め切らずに開放する場合は、吊り引き戸はこちらのクローゼット側に格納できる。
2階から1階に戻る。左右の壁の仕上げが違うのが上の画でわかるだろうか。
シンク+キッチンカウンターはダイニングテーブルも兼ねた大きな一枚板。3連のガラスペンダント照明はフィリピン製(販売:Lampada)
ダイニングと和室のテーブルの脚、後述するアトリエの階段の黒い手摺は、冒頭で触れた表札と同様に鋳鉄の特注品。
ギャラリーを兼ねた庭に面した畳敷きの間。奥の壁も2階の寝室同様の手順で、和紙を手でちぎって糊で貼り、仕上げたもの。京都北部の黒谷で梳かれた和紙が使われている(紙漉き:ハタノワタル
空調換気扇の表面も違和感なく和紙で貼り込んだ。
ハタノさんが梳いた和紙のサンプルを触らせてもらったが、手で引きちぎるにはけっこうな力が要りそうな、密で頑丈な繊維質だった。対して、2階でみた青い方の阿波和紙は柔らかく、ちぎりやすい。
奥様が制作にうちこむアトリエ。使い込まれた年代物のミシンが、引き出し付きの造作デスクの上に置かれている。上はロフトになっていて、壁づたいに小さな階段で上がる。
ロフトからの見下ろし。スギのあらわし柱をしつらえた、南向きのL字窓から差し込む自然光の下、新たな作品が生み出される。
庭に植えられたシマトネリコもこれからぐんぐん育って伸びていく。生長スピードが早い南国種なので、じきに大きな枝葉を屋根の上に広げるだろう。

設計:ニコ設計室
構造:筬島規行
施工:住ま居る